柳幸典(読み)やなぎゆきのり

日本大百科全書(ニッポニカ) 「柳幸典」の意味・わかりやすい解説

柳幸典
やなぎゆきのり
(1959― )

造形作家。福岡県生まれ。1983年(昭和58)武蔵野美術大学絵画科卒業。1985年同大学院造形研究科修士課程修了。1980年代中ごろより作品を発表する。大量の土砂を使った「グラウンド・プロジェクト」をはじめ、日常的でありながらさまざまな歴史や制度、社会的問題をはらんだ国旗貨幣パスポートなどを用い、天皇制、憲法第9条、大東亜共栄圏といったテーマに注目した作品を精力的に制作した。

 1987年には東京・代官山ヒルサイド・ギャラリーで初個展を開催。また同年に開催された「アート・ドキュメント」(栃木県立美術館)に出品、優秀賞を受賞し、政治的なテーマを多く扱う独自の手法が注目される。その後、アメリカ、エール大学へ留学。滞米中は、大学図書館で九鬼(くき)周造や西田幾多郎の著作を精読、「日本」という問題を考察する。1990年(平成2)に同大学院彫刻科フェローシップ修了。

 1991年には、ロサンゼルスのレース・ギャラリーで「ザ・ワールド・フラッグアントファーム・プロジェクト」のシリーズ作品を発表。これは透明プラスチック・ケースの中に着色した砂で作った世界各国の国旗をパイプでつないで配列し、ケースの中の生きた蟻が穴を掘り進めながら徐々に国旗や国境を突き崩していくプロセスを視覚化した作品で、ジャスパー・ジョーンズ星条旗を描いた作品『旗』(1954~1955)などの影響を独自に消化していた。一方、トランスナショナリズム(国際問題を考える際、国家単位ではなく脱国家の立場に立つこと)の立場を明快に打ち出し、「越境はエネルギーを生む」とするマルチカルチュラリズム(多文化主義)の視点から高く評価され、国際的にも大きな注目を浴びた。柳は以後もこのシリーズを精力的に制作、国家や歴史といった重い課題へと積極的に立ち向かうが、PC(ポリティカル・コレクトネス)的な主張の強い作品や制作姿勢には賛否両論がある。1996年には監獄島として知られるアメリカ、サンフランシスコ湾アルカトラズ島で現場制作を行い、監獄にまつわる歴史を作品『Wandering Position on Alcatraz』へと反映させた。

 1999年以降サンフランシスコを拠点とし、日本と往復しながら作品発表を行っており、「アント・ファーム」のシリーズは国内でも数多く発表されている。「リヨン・ビエンナーレ」(1997)、「台北ビエンナーレ」(1998)、「ホイットニー・バイエニアル」(ニューヨーク)、「光州ビエンナーレ」(ともに2000)など、海外の国際展にも多数参加。また2001年には広島市現代美術館で初の回顧展「あきつしま」を開催、第二次世界大戦中太平洋で撃沈された戦艦秋津洲(あきつしま)を、プラモデルを原型に鉄とブロンズで拡大鋳造した作品を展示し、国境や歴史といった課題に立ち向かう社会派的な姿勢を示した。2005年より、広島市立大学芸術学部准教授。

[暮沢剛巳]

『「柳幸典展――あきつしま」(カタログ。広島市現代美術館・2001)』

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