民俗舞踊。明暦(1655-58)から天和(1681-84)年間に流行した奴踊の一種で,たんに柴垣ともいう。2人が向きあい手や胸を打ち合わせながら歌い踊る野鄙(やひ)な踊りで,浅井了意の《武蔵鐙(むさしあぶみ)》(1661)に〈此の頃北国の下部(しもべ)の米つき歌とかや,柴垣といふ事世にはやりて,歴々の会合酒宴の座にても,第一の見ものとなり〉と記す。続けて〈いやしげにむくつけき荒男のまかり出,黒く汚なき肌をぬぎ,えも云はぬつらつきして,目を見出し口をゆがめ,肩を打ち胸を叩き,ひたすら身をもむこと狂人のごとし,右に左にねぢかへり,あふのきうつぶきあがきけるを,座中声をたすけ,手を打て,諸共に興ぜられし〉と芸態を記す。野郎歌舞伎の狂言尽しにもとり入れられた。歌は《糸竹初心集》(1664)に,〈柴垣柴垣 柴垣ごしで 雪の振袖 ちらと見た 振袖 雪の振袖 ちらと見た〉とある。
執筆者:山路 興造
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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