浮世草子。1682年(天和2)10月刊。井原西鶴の最初の小説であるとともに,浮世草子と呼ばれる近世小説に道をつけた作品でもある。8巻54章からなり,各章に西鶴自筆の挿絵を載せ,跋文を西吟が書いている。世之介一代の女色男色あわせての好色遍歴を,《源氏物語》54帖にならって第1章7歳から第54章60歳まで,1章1歳の年立てによって構成しているが,全体を一部と二部に大別できる。第一部にあたる巻四までは,幼少年期と19歳で勘当されてからの諸国放浪の時代,そしてその幕切れとしての難破と蘇生と遺産相続。第二部の巻五以後の話は,三都の遊里をはじめ遠くは長崎丸山に及ぶ廓遊びで,最後は好色丸を仕立てて心の友7人とともに女護島に船出して行方しれずになる。ただし,それら各章各巻は有機的に関連しながら展開していくように構想されているわけではなく,むしろ作者は,そうした長編小説の方法を放棄することによって,多彩な好色絵巻を哄笑裡に次々と繰りひろげ,開放的な性の饗宴を出現させる。したがって世之介は全巻を通しての主人公であるにもかかわらず,いくつもの顔をもって自在に出没し,ついには行方しれずになる。その誕生の仕方も大変おぼめかしく書かれている。つまり現世的・享楽的な活力にみちた町人ではあるが,現実的で具体的な一個の町人としての顔を作者は与えていない。世之介は,それを中心軸に物語を閉じていくための主人公ではなく,物語をたえず開いていくための主人公であった。
それにしても,このような作品が書かれるためには,それにふさわしい散文が発明されねばならない。西鶴は地方の性風俗や遊里の手管などを活写しているが,その文章はスピーディな視点移動によって意表をつきながら対象を滑稽に誇張していく文章であった。また《源氏物語》《伊勢物語》などの古典や謡曲をパロディ化しながら,それらを俗文脈へと織り込むことによってイメージを多義化する。俳諧の散文化をそこに見ることができるが,それは好色話を,たんなる写実でも夢想でもない,開かれた哄笑的饗宴の時空へと置きかえていくために欠くことのできないものであった。町人であって町人の制約を超越した〈すき者〉世之介を形象するためにも必要であった。明治に入って西鶴の小説は再評価されるが,自然主義的な写実概念や近代的な小説概念が邪魔になって必ずしも正当に評価されてきたとはいえない。《好色一代男》の場合とくにそうであった。
執筆者:広末 保
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井原西鶴(さいかく)の浮世草子処女作品。1682年(天和2)10月、大坂・思案橋荒砥屋(あらとや)孫兵衛可心から出版。8巻8冊。54章の短編小説群からなり、主人公世之介(よのすけ)の誕生から書き起こし、60歳で女護島(にょごがしま)へ船出するまでの一代記的構想を長編的な筋としている。巻4までの前半部分は、早熟な世之介の幼年時代から始まる遊蕩(ゆうとう)生活を描き、19歳で親に勘当され、江戸、小倉(こくら)、下関(しものせき)、寺泊(てらどまり)、酒田、信州、和泉(いずみ)国など諸国を放浪し、各地の好色生活を体験するが、勘当赦免、莫大(ばくだい)な遺産を相続するまでの話である。巻5以降の後半部分は、諸国遊里の名妓(めいぎ)列伝の体裁をとり、世之介の遊里社会における粋(すい)の実践が描かれる。京都六条三筋町の廓(くるわ)で艶名(えんめい)を馳(は)せた2代目吉野の話から始まり、大坂新町の名妓夕霧、江戸吉原の4代目高尾や初代小紫など、高名な遊女話が続々と展開する。斬新(ざんしん)な構想と自由な散文表現とが相まって、新しい時代の写実的な風俗小説として成功したこの作品は、従来の小説とは一線を画して、浮世草子時代の開幕を告げる記念碑となった。上方(かみがた)版3種、菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の挿絵入りの江戸版3種、さらに師宣の絵本としても流布し、上下都鄙(とひ)にわたり広範な読者を獲得した。
[浅野 晃]
『暉峻康隆訳注『好色一代男』(角川文庫)』▽『前田金五郎著『好色一代男全注釈』2冊(1980、81・角川書店)』
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浮世草子。8巻。井原西鶴作。1682年(天和2)刊。浮世草子の第1作となった画期的作品。「源氏物語」54帖にならい,主人公世之介の7歳から60歳までの54年間を描いた54章からなる。前半4巻は,世之介が諸国をめぐり好色修業をつむ内容で,後半は大金持となった世之介の三都の廓(くるわ)での遊興が描かれる。俳諧的要素の強い清新な文体や,古典のパロディー化,流行風俗の描写など,仮名草子とは異なる新しい風俗小説として幅広い読者の支持を得て,上方版のほかに江戸版,また模倣作が出版された。後続の浮世草子に強い影響を与えた。「日本古典文学大系」「日本古典文学全集」所収。
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…名所記・道中記的な《東海道名所記》《江戸名所記》《京雀》,怪談集《御伽婢子(おとぎぼうこ)》《狗張子(いぬはりこ)》,教訓書《堪忍記》《大倭(やまと)二十四孝》,随筆的な《可笑記評判》,実録書《かなめ石》《武蔵鐙(あぶみ)》《鬼利至端(キリシタン)破却論伝》,咄本《狂哥咄》などが知られているが,〈博識強記〉といわれるほどの豊かな学識,平淡な文体,寛容の精神,大衆に対する共感と同情,現実社会への慷慨などにささえられ,いずれも読者の好評を博した。なかでも滑稽遍歴談《浮世物語》には,西鶴の《好色一代男》の先駆的要素と,痛烈な現世批判をみせる警世的要素との結合がみられ,作品としては未熟ではあるが,高く評価されている。また《御伽婢子》《狗張子》は,近世怪異小説の一時期を画したもので,後代への影響も大きい。…
…文が主で絵が従であった挿絵本から,文章と絵の比率が逆転した絵本形式へと進んだわけである。その典型的な例が井原西鶴の浮世草子《好色一代男》を絵本化した《大和のこんげん》およびその続編の《好色世話絵づくし》(ともに師宣画,1686)である。こうした絵本における版画は,ついには文章を不要とし本の形式とも離れた純然たる鑑賞版画として独立するにいたる。…
…近世に入っても,連歌に続く俳諧の付句などに依然としてこの伝統は伝わった。松永貞徳の弟子の北村季吟が《湖月抄》を著し,談林から出た西鶴が光源氏に想を得て,《好色一代男》を作り上げたなどはその一例である。その他上田秋成,近松門左衛門あるいは歌謡類にもその影響はみとめられる。…
…翌年居を摂津国桜塚(現,大阪府豊中市)に移し,住いを落月庵と名づけ,庭に桜・躑躅(つつじ)などを植えて,《桜万句》《羊躑(つつじ)万句》を興行するなど風流に興じた。77年,能書の才を買われて《西鶴俳諧大句数(おおくかず)》の執筆(しゆひつ)をつとめてからはいっそう西鶴に親しみ,執筆・連衆(れんじゆ)として常に側近にあり,《好色一代男》(1682)の跋文と板下(はんした)を書いたのを皮切りに,浮世草子の出版の面でも協力するに至った。伊丹の鬼貫(おにつら),百丸(ひやくまる)らとも親しく,門人も多い。…
…書名の〈色道〉は,茶道,華道,香道等に伍するだけの理念,格式,作法をもつ理想的な遊びの〈道〉を意味するものである。なお,本書が浮世草子《好色一代男》(1682)成立に種々の影響を与えたことは周知のとおりである。巻五〈二十八品〉の部分のみ《色道小鏡》(5巻5冊)と題して,1699年(元禄12)に刊行されている。…
…別称《好色二代男》。《好色一代男》の好評にこたえ,首尾の2章には一代男世之介の遺児世伝(よでん)を登場させて《一代男》続編の趣向をもうけているが,他の38章はそれぞれ独立した話題を展開する短編集。京,江戸,大坂の遊里を中心に,遊里での逸事・逸聞,遊興の表裏,遊女・遊客その他の遊里で生きる人間の諸相などが,各章ごとに趣向をかまえて具象化されている。…
※「好色一代男」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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