中国、北宋(ほくそう)の詩人。字(あざな)は聖兪(せいゆ)。宣城(安徽(あんき)省)の農民の子。叔父が大官になったので官職を得たが、科挙を通らなかったので、低い地位に終わった。不遇のため満たされぬ思いを詩に注ぎ込み、親友の欧陽修(おうようしゅう)から「詩のよく人をして窮せしむるにあらずして、ほとんど窮して後に工なるなり」といわれた。妻や近親の死を悼む詩、シラミなど不潔な動物の詩、貧しい農民の詩など、生活の負の局面に異常な興味を示すその詩風は、古硬といわれる。欧陽修、蘇舜欽(そしゅんきん)とともに宋詩創造の第一線にたった。『宛陵(えんりょう)集』61巻がある。
[入谷仙介]
『筧文生注『中国詩人選集二集3 梅堯臣』(1962・岩波書店)』
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