日本歴史地名大系 「武蔵国絵図」の解説
武蔵国絵図(天保国絵図)
むさしのくにえず
武蔵国絵図(正保国絵図)
むさしのくにえず
武蔵国絵図(天保国絵図)
むさしのくにえず
五一二×五三七センチ 原図 天保九年 国立公文書館内閣文庫蔵
解説 幕府は正保・元禄の場合と異なって、先に郷帳改訂の命を下し、それが完成した天保六年に初めて国絵図の作製を命じた。三年を費やして同九年に正本八三鋪が完成した。極彩色大和絵風の精密な描法を用い、道路・河川・境界なども明確で、一里を六寸とする縮尺で楕円形の枠に村名と石高を記入し、郡ごとに異なる色彩を加えて郡界を識別しやすいよう配慮されている。
武蔵国絵図(正保国絵図)
むさしのくにえず
二八九×三八三センチ 写図 国立公文書館内閣文庫蔵
解説 正保元年幕府は諸大名に命じて地形・境界・道路などを入れ、村々の石高を明記した国絵図の作製を命じ、さらにその付録として郷村高帳(郷帳)を集計・編成して提出させた。成立は正保―明暦頃と考えられている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報