顔面、あご、歯などに形態や機能の異常があり、正常な咬合(こうごう)(かみ合せ)が営みえないとき(不正咬合)、それがもたらす生理学的、心理学的な障害を取り除くため、歯や顎骨(がくこつ)に適当な力(矯正力)を加えてそれらの位置を改善し、正常咬合もしくはそれに近い状態に導くことをいう。歯を介して歯槽骨に適当な荷重を持続的に加えると、圧迫された側では歯根膜や歯槽骨の新生添加がおこり、結果として歯は移動する。このように、矯正治療においては歯や顎骨にある方向の荷重を加える必要があり、これらの荷重を総称して矯正力という。矯正力は、器械力によるものと、筋肉の力によるものとに大別できる。器械力には、弾線、コイル・スプリングなどの金属線の弾力によるもの、ゴムの弾力によるもの、剛体(たとえば太いワイヤ)との連結によるものなどがある。筋肉の力によるものには、いわゆる機能的矯正装置を口腔(こうくう)内に入れ、口唇や口輪筋の圧力を利用するものと、特殊な筋の機能力を利用するいわゆる筋機能療法とがある。
[市丸展子]
矯正装置には、患者自身では取り外しのできない固定式のものと、取り外しのできる可撤式のものとがあるが、固定式のものが多く用いられる。固定式のものでは、唇側、舌側またはその両方に直径約1ミリメートルのワイヤを固定し、それに取り付けた弾力線やゴムの力を歯に加える弧線装置と、全部の歯に金属のバンド(帯環)をつけ、これにワイヤやスプリング、ゴムを取り付け、その力を歯に加える全帯環装置が代表的なものである。最近では、金属のバンドのかわりに小さな金具のみを特殊な接着剤で歯面に接着するようになり、審美性がよくなっている。
歯列矯正を行うにあたっては、不正咬合の原因、種類、程度のほか、あご・顔面の成長予測といった面からも正確な診断が要求される。口腔悪習慣等によって歯や顎骨に不適当な外力が絶えず加わるようなことがあれば、まずそれを取り除くことが、歯列矯正の第一歩である。同じ型の不正咬合でも、その原因によって治療方法は異なる。たとえば、上顎前突で、上顎の骨自体が突き出ている場合には、一種の帽子に取り付けた装置で持続的に上顎骨を押さえて成長を抑制するが、上顎骨の位置は正常でも、上顎前歯が唇側に傾斜している場合には、歯を移動することによって治療する。また、下顎前突(うけ口)においては、その原因が、上顎または下顎の位置異常によるものと、下顎歯列全体の位置異常によるものとがあるが、後者のほうが治療法はむずかしくなる。なお、顎骨の成長は、男女、個人による差があるが、一般に10~15歳が成長の著しい時期で、この時期を逸すると顎骨に矯正力を加えても意味をなさないことが多い。
萌出(ほうしゅつ)している歯の歯冠幅径の和(歯全体の横幅の長さ)と、歯が配列する顎骨のスペース(間隔)に不調和が存在しても、歯列不正の原因となる。たとえば乳臼歯(にゅうきゅうし)がう蝕(しょく)(むし歯)となって早期に喪失した場合、第一大臼歯が前方に移動して、永久歯のためのスペースが十分にとれなくなり、八重歯やいわゆる乱ぐい歯などの歯列不正が生じてくる。こういう場合には、第一大臼歯を矯正装置によって後方へ移動するが、それでもなおスペースに不足が生じる場合には、第一または第二小臼歯を便宜的に抜去してスペースを確保したうえで、個々の歯を移動して正常咬合へ導くことになる。また、過剰歯がある場合にも、やはり顎骨のスペースに不足が生じ、歯列不正となる。上顎前歯部に過剰歯があると、正中離開(左右中切歯が離れて萌出している状態)の原因となるので、このような過剰歯は早期に抜去することが必要である。
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歯列矯正は、あご、顔面、頭蓋(とうがい)各部の成長と深い関連があるので、歯列不正に気づいた時点で、なるべく早期に治療を始めたほうがよい。一般的には、乳歯から永久歯に生え替わる時期(10歳前後)が治療の時期となることが多い。この時期は、永久歯が萌出し始め、歯列不正の状況がはっきりしてくるうえに、顎骨の急速な成長が始まる前でもあるので、いわゆる矯正年齢とよばれる時期である。しかしながら、成人であっても症例によっては矯正治療は可能である。
歯列矯正に要する期間は、症状によってかなりの違いはあるが、少なくとも1年以上、長いと5年以上にわたることがある。歯を無理なく移動するには、1か月間に1~2ミリメートルのゆっくりしたペースで行わねばならないことと、歯列矯正によって得られた歯列や咬合状態を安定な状態にするための調整・観察期間が必要となるためである。安定な状態にすることを「保定」とよび、装置を用いて行う器械的保定と、装置を用いない自然保定とに分けられる。
なお、唇裂、口蓋裂に伴う不正咬合以外の歯列矯正は自由診療の対象であり、健康保険は適用されないので、かなりの費用を必要とする。また、矯正装置を長期にわたって口腔内に装着していると、口腔の自浄性が低下し、う蝕や歯周疾患を誘発したり、無理な矯正力によって歯根吸収を引き起こす可能性もあるので、乳歯の早期喪失を防ぐなどの不正咬合予防処置を日常的に行うことも必要である。
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歯並びの異常すなわち歯列不正を治すことを歯列矯正という。歯列不正がある場合は,かみ合せ(咬合)の異常を伴っていることが多く,咬合全体の調和を考えて治療を進める必要がある。不正咬合があると,虫歯の発生や歯槽膿漏の原因となったり,発音・咀嚼(そしやく)障害をひき起こしたり,正常な顎骨の発育を阻害する。このような分野を担当する歯科医学を歯科矯正学という。
不正咬合の例としては,(1)個々の歯の異常-乱杭歯,八重歯など,(2)歯列の異常-すき歯(有隙歯列弓),狭窄歯列弓など,(3)前後関係の異常-上顎前突(反歯),下顎前突(受け口),(4)垂直関係の異常-過蓋咬合(深いかみ合せ),開咬(かんだとき,前歯がかみ合わさらない),など,がある。
不正咬合の原因としては,一般的要因として先天異常(唇顎口蓋裂など)や内分泌障害,環境要因として不良習癖(指しゃぶり,咬唇癖,舌の突出し等)や外傷などさまざまである。
治療法は,その原因が顎骨の成長に由来するものか歯並びだけに限局するものかによって大きく異なる。前者の場合には,拡大ねじ付装置によって顎骨のつなぎ目(縫合部)を開いたり,帽子様のものをかぶり整形力を与え顎骨の成長を調整する。上下の顎骨の位置的関係に問題がある場合には,筋肉の機能を利用した機能的顎矯正法が適用される。歯並びだけに異常が認められるときは,個々の歯にアタッチメントを接着し,金属線やゴムの弾性を利用した器械的矯正法が適用される。成人になっても歯の移動は可能であるが,代謝活性が低いためにその速度は遅くなる。顎骨の大きさに原因がある成人の場合には,外科的に顎骨形成術を併用することが多い。治療期間は半年~2,3年,先天異常を伴うものは5年以上かかることもまれではない。生きた歯を生きた骨の中で移動させるので期間を要するが,装置を外すとまったく生れながらの歯である点が,義歯による方法と大きく異なる。
執筆者:黒田 敬之
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