日本大百科全書(ニッポニカ) 「気象熱力学」の意味・わかりやすい解説
気象熱力学
きしょうねつりきがく
thermodynamic meteorology
熱と仕事の観点から大気の現象を考察する気象学をいう。理論気象学の一部門である。大気の圧力、温度、密度、空気中に含まれる水物質などと熱との関係を論じ、大気中における水物質の相変化やエネルギー変換を通じて、大気の現象を解明するのが主要な研究目的となっている。とくに水物質の相変化は降水現象に支配的な役割を演ずるので重要である。空気中に水蒸気が含まれていない場合と含まれている場合に分け、前者を乾燥空気の熱力学、後者を湿潤空気の熱力学とよぶ。水蒸気が飽和しない間は乾燥空気の熱力学によって律することができる。気象熱力学を狭義に限定し、これを大気熱力学と称し、大気力学とともに気象力学を構成する大きな柱としている。しかし、大気力学の発展により、むしろ大気熱力学はそのなかに含められ、とくに大気中におけるエネルギー変換は大気の運動を論ずる大きな基礎となっている。
日本付近の大気中には水蒸気が多く含まれているので、大雨の予想など応用的な観点からも湿潤大気の熱力学は重要である。その応用成果の好例の一つとして、数値予報によるきわめて精度の高い850ヘクトパスカル面相当温位分布予想図が1990年代から出力され、集中豪雨の予想や前線の位置の予想に大きく貢献していることがあげられる。
[股野宏志]
『二宮洸三著『気象予報の物理学』(1998・オーム社)』▽『小倉義光著『一般気象学』第2版(1999・東京大学出版会)』▽『浅井冨雄・新田尚・松野太郎著『基礎気象学』(2000・朝倉書店)』