気象学(読み)きしょうがく(英語表記)meteorology

翻訳|meteorology

精選版 日本国語大辞典 「気象学」の意味・読み・例文・類語

きしょう‐がく キシャウ‥【気象学】

〘名〙 (meteorology の訳語) 惑星大気中の気象現象を研究する学問の総称。昔は地球の大気だけが研究対象であったが、現在は火星や金星などの大気も研究対象とされている。気象力学、総観気象学物理気象学、微気象学、高層物理学などの基礎的な分野と、天気予報術、運輸通信気象学、産業気象学、水理気象学、衛生気象学、家庭気象学などの応用的な分野とがある。〔工学字彙(1886)〕

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デジタル大辞泉 「気象学」の意味・読み・例文・類語

きしょう‐がく〔キシヤウ‐〕【気象学】

大気の状態やその中で起こる諸現象を物理的・化学的に研究する学問。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「気象学」の意味・わかりやすい解説

気象学
きしょうがく
meteorology

大気をはじめとする気象現象を対象とした科学。その技術的応用としては天気予報などがあげられる。大気としてはいままで地球の大気だけが考えられていたが、1970年代以降、惑星の探索が進むにつれ太陽系内の諸惑星の大気も対象として取り上げられるようになり、惑星気象学という新しい気象学の分野も開けてきている。

 気象学は天空の事象を対象とするが、天文学とは異なり、独自の方法に従って研究が進んだのは19世紀の中ごろからである。もちろんそれまでにアリストテレスやデカルトの気象学はあったが、その内容は、大気中の諸現象を物理的に説明したり、諸地域の風土、気候を記述し、その原因を探ることであって、一部は物理学、他の一部は地理学に属していたのである。また諸民族は、天気変化のさまざまなタイプや前兆を経験としてもっていたのであり、それらは気象学の一素材として天気俚諺(りげん)などに要約されて伝承されたが、それらは気象学の出発点ではあっても、それだけではとうてい科学とはいえぬものである。

 気象学は19世紀のなかばごろ、気象の特徴を反映して、独自の方法をもって成長するが、それは総観法synoptic methodといわれる方法である。これを比喩(ひゆ)的にいえば、動的過程を映画の手法を用いて描き出す方法である。日ごろ見慣れた天気図1枚はフィルム1枚に相当するものであり、時間的に連続した天気図のシリーズは映画のフィルムに相当する。気象学では、このようにして描き出された大気の動態の構造を明らかにしてゆくのである。

 このようにして映し出される大気現象にはさまざまなスケールがあり、中緯度地方の上空にみられる偏西風のように全地球的(グローバル)なものから、さらに規模が小さく日常天気図で見慣れた低気圧・高気圧などの気圧配置、さらにこの気圧配置のなかに存在する小さなスケールの中規模(メソスケール)擾乱(じょうらん)(たとえば集中豪雨など)、さらに規模が小さく、海浜近くで発達する海陸風、山地でみられる山谷風(やまたにかぜ)があり、積雲対流はさらに小規模な現象とみられる。接地層内では多数の渦動を含む小規模な流れがあり、人間の環境としては畑地内の冷気流や室内の対流が小規模ながら、人間の生活と関連し重要である。

 これらの諸スケールの現象は、それぞれの世界で卓越する力やエネルギーが異なっており、そのためスケールの違いは単に大きさの違いだけではなしに、各スケールに応じ運動の様式まで違ってくる。たとえば偏西風においては、風は気圧傾度の方向と直角の方向に吹いているが、海陸風の場合はほとんど気圧傾度と同じ方向に吹いているのであり、風向が90度も違っているのである。

[根本順吉・青木 孝]

総観的気象観測に貢献した人々

近代気象学の特徴を、天気図などを用いて大気の構造を明らかにする総観法と考えるとき、最初にヨーロッパの局地的天気図を描き、気圧配置と天気の関係を明らかにしたのはドイツの天文学者ブランデスで、1820年のことであった。その後通信の発達により日々の天気図が刊行されるようになったが、日刊の天気図を最初に刊行したのはフランスであり、この仕事に尽力したのはパリ天文台長のルベリエで、それは1863年からのことであった。大気の構造としては、その後20世紀の初め1902年にフランスのテースラン・ド・ボールおよびドイツのアスマンによって成層圏が独自に発見された。

 また、日々の天気変化に深く関係した、前線を伴う温帯性低気圧の構造を明らかにしたのはJ・ビャークネスで、1919年のことである。全地球的な規模での偏西風の波動、およびそのなかの最強風軸であるジェット気流と前線などに関連した構造を明らかにしたのは、1940年代のロスビーパルメンなどの学者である。

 その後の気象学の発展をもたらしたのはリモート・センシング(遠隔測定)とコンピュータである。レーダーや気象衛星といったリモート・センシングによって時間的に、また空間的に詳細な観測データが得られるようになった。コンピュータは数値予報を実現させて天気予報の精度を向上させるとともに、シミュレーションという気象の物理的解明の手段を可能にさせた。

 低気圧の発達理論を確立して数値予報の成功に貢献したチャーニーの名前は忘れることができない。日本の学者では、シカゴ大学教授、同大学強風研究室室長などを歴任した藤田哲也(1920―1998)の業績が、世界的に高く評価されている。藤田は、詳細な観測データの解析から雷雲、竜巻などの中規模擾乱の構造を明らかにした。

[根本順吉・青木 孝]

気象学の諸分野

気象学は大別して純正気象学と応用気象学に分けられる。純正気象学のなかには気象力学、気象熱力学、気象放射学、気象光学、気象電気学、気象音響学高層気象学、総観気象学、大気化学(化学気象学)、気象観測学があり、大気の平均的な状態が対象となる場合は気候学がある。また、観測手段の発展に伴ってレーダー気象学、衛星気象学などが生まれ、また天文学と相交錯する分野としては惑星大気気象学が発展してきた。応用気象学として取り上げられる対象はきわめて多いが、実用上から開発が進んでいる分野としては航空気象学、農業気象学、海洋気象学、水理気象学、生気象学、気象災害論などが重要な部門である。

[根本順吉・青木 孝]

『岡田武松著『気象学』(1934・岩波書店)』『斎藤錬一著『気象の教室』(1968・東京堂出版)』『根本順吉ほか著『気象』(1979・共立出版)』『松本誠一著『新総観気象学』(1987・東京堂出版)』『高橋浩一郎ほか著『気象学百年史――気象学の近代史を探究する』(1987・東京堂出版)』『菊地勝弘ほか著『実験気象学入門』(1988・東京堂出版)』『坪井八十二編『農業気象学』(1990・養賢堂)』『真木太一ほか編著『農業気象災害と対策』(1991・養賢堂)』『廣田勇著『グローバル気象学』(1992・東京大学出版会)』『時岡達志ほか著『気象の数値シミュレーション』(1993・東京大学出版会)』『福地章著『海洋気象講座』(1994・成山堂書店)』『ウィリアム・アスプレイ著、杉山滋郎・吉田晴代訳『ノイマンとコンピュータの起源』(1995・産業図書)』『トマス・レヴェンソン著、原田朗訳『新しい気候の科学』(1995・晶文社)』『浅井冨雄著『ローカル気象学』(1996・東京大学出版会)』『竹内清秀著『気象の教室4 風の気象学』(1997・東京大学出版会)』『福谷恒男著『海洋気象のABC』(1997・成山堂書店)』『小倉義光著『メソ気象の基礎理論』(1997・東京大学出版会)』『日本気象学会編『新 教養の気象学』(1998・朝倉書店)』『二宮洸三著『気象予報の物理学』(1998・オーム社)』『小倉義光著『一般気象学』(1999・東京大学出版会)』『廣田勇著『気象解析学――観測データの表現論』(1999・東京大学出版会)』『二宮洸三著『気象と地球の環境科学』(1999・オーム社)』『木村龍治編、柴田清孝著『応用気象学シリーズ1 光の気象学』(1999・朝倉書店)』『木村龍治編、水野量著『応用気象学シリーズ3 雨と雲の気象学』(2000・朝倉書店)』『Z・ソルビアン著、高橋庸哉・坪田幸政訳『ワクワク実験気象学――地球大気環境入門』(2000・丸善)』『浅井冨雄ほか著『基礎気象学』(2000・朝倉書店)』『エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ著、稲垣文雄訳『気候の歴史』(2000・藤原書店)』『道本光一郎著『決定版 1億人の気象学入門』(2000・三天書房)』『小倉義光著『総観気象学入門』(2000・東京大学出版会)』『近藤純正著『地表面に近い大気の科学――理解と応用』(2000・東京大学出版会)』『松田佳久著『惑星気象学』(2000・東京大学出版会)』『福谷恒男著『海洋気象のABC』(2002・成山堂書店)』『橋本梅治・鈴木義男著『新しい航空気象』(2003・クライム気象図書出版部)』『光藤高明著『日本の猛暑はどこから来るか――非地衡風による気象学』(2003・新風舎)』『保坂直紀著『謎解き・海洋と大気の物理――地球規模でおきる「流れ」のしくみ』(2003・講談社)』『田中博著『偏西風の気象学』(2007・成山堂書店)』『木村龍治・新野宏著『身近な気象学』(2010・放送大学教育振興会)』

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改訂新版 世界大百科事典 「気象学」の意味・わかりやすい解説

気象学 (きしょうがく)
meteorology

大気の状態,およびそのなかに起こる現象を気象と呼び,これに関する学問を気象学という。この場合の大気とは,ふつう高度80kmくらいまでの領域のものをいい,それより高いところの大気を扱う学問を超高層大気物理学と呼ぶ。これは,(1)80kmくらいまでであると大気の成分の構成がほとんど同じであるが,それより高くなると変わってくる,(2)80km以上にある大気の量は,全大気の100万分の1以下できわめて少なく,地上付近の気象にはほとんど影響がない,(3)地上で観測されるいちばん高い雲である夜光雲の高度が80kmくらいである,などによるものである。英語のmeteorologyはギリシアのアリストテレスが前4世紀に書いた《気象学Meteōrologica》に由来しており,非常に古い。一方,日本語の気象学は,明治以後使われるようになった,比較的新しい言葉である。

 気象学の内容は,時代により,研究者により,また,場合により若干違っている。気象の現象論的な面を重視したものを気象学とし,物理的な面に重点をおいたものを大気物理学といって区別することもある。また,日々の気象を記述し,研究をする学問を狭義の気象学とし,何年にもわたる気象の平均的な状態を記述し,研究をする学問を気候学として区別することもある。しかし,広義には気候学も気象学の一分野である。広い意味での気象学は研究の対象,応用の対象などによっていろいろの分野に細分することがある。たとえば,雲粒や雨粒,雪の結晶など非常にスケールの小さい気象を研究する分野を雲物理学,またはコロイド気象学と呼ぶ。また,天気予報に関連した,スケールの大きい現象を対象とし,いろいろな気象要素を総合的に見る気象学を総観気象学synoptic meteorologyと呼ぶ。また,気象現象のスケールにより,mの桁程度の現象を微気象,数十kmの桁の現象をメソ気象とし,それぞれ微気象学,メソ気象学とすることもある。スケールが違うと,現れる気象の姿,それを支配する法則も違ってくるからである。また,気象の因子,研究の方法などにより,区分することもある。物理気象学,気象力学,気象熱力学,気象放射学,気象光学,気象音響学,気象化学,大気電気学などがそれである。また,気象は人間の生活と関連した面が多く,応用との関連から見た分類もある。応用気象学,農業気象学,航空気象学,海洋気象学,水文気象学,災害気象学,衛生気象学,電波気象学などがその例である。近年はまた,地球だけではなく,惑星の気象を研究する惑星気象学も現れている。

人間は大気の中に住んでおり,その影響を大きく受けるので,大昔から気象には深い関心をもっており,気象学の萌芽は紀元前にさかのぼれる。この頃ははっきりと気象学として独立したものではなく,天文などの分野も含むものであり,その内容も経験的なものが多かった。天気俚諺(てんきりげん)などがその例で,前4世紀,ギリシアの博物学者テオフラストスは多くの天気俚諺を集めた本を書いているし,中国でも紀元前から,今日知られている多くの天気俚諺があった。前1世紀ころ,ギリシアの航海者ヒッパロスは季節風を知り,航海に利用しており,インドでは前4世紀に雨量の観測をしたことが名宰相カウティリヤの政治書に残っている。また,アテナイには前1世紀に風の塔が建設されている。気象の季節変化も古くから知られており,紀元前,中国では二十四節気,七十二候により季節を区分した。

 科学的な気象学は,ルネサンスの後,1597年イタリアのG.ガリレイが温度計を発明し,1643年彼の弟子のE.トリチェリが気圧を発見し,気圧計をつくった頃から始まる。とくに気圧の発見は,真空はないという誤謬をくつがえし,その後の科学の発達のきっかけともなった。そして,気象を定量的に観測することが可能になり,17世紀後半になると,各地で定期的に気象観測を行うようになった。また,17世紀にはI.ニュートンなどにより力学の法則が確立し,光学なども発展した。このような物理学の発達は,気象学にも大きな影響を与えた。

 19世紀になると交通,通信が発達し,それが背景となって1820年,ドイツのH.W.ブランデスは初めて天気図をつくった。それにより,それまでの点の観測が,図による間接的な表現ではあるが面の観測となり,高気圧や低気圧のような,スケールの大きい気象の構造の存在が明らかとなった。また,スケールの大きな運動では地球自転の影響が大きく作用することが明らかとなるなど,大気の力学に関する研究が進み,56年にはアメリカのW.フェレルが大気の環流論を発表している。スケールの大きな構造が解明されたことにより科学的な暴風警報,天気予報が可能になり,イギリスのフィッツ・ロイR.Fitz Royは,61年に初めて暴風警報を出した。高層に関する研究もこの頃から始まっている。84年にはイギリスのJ.ジェフリーズが初めて自由気球に乗り高層気象の観測を行い,1902年にはL.P.ティスランド・ボールが成層圏を発見している。そして,19年にはノルウェーのV.F.K.ビヤークネスらが,温帯低気圧に関する総合的なモデルを確立した。一方,1880年にはイギリスのエイトケンJ.Aitkenが細塵計を発明するなど,雲物理学に関する研究もしだいに進み,1933年ノルウェーのベルシェロンT.H.P.Bergeronは雲物理学に基づいた降雨機構を提唱し,34年中谷宇吉郎は人工雪の研究を始めた。また,80年ころイギリスのシンプソンG.C.SimpsonやC.T.R.ウィルソンらは雷に関する研究を行っている。
執筆者:

中国では3000年前の殷代の甲骨文のなかに気候に関する多くの記録があり,戦国時代には生物気候学的な観察が増加し,漢代以後には風,雲,湿度,降水量などの観測などがなされるようになり,天気の変化の規則が知られるようになった。風については,殷代に東風を(きよう),南風を(び),西風を彝(い),北風を(しゆ)と呼んだが,唐代の李淳風の《乙巳占》には十二支,八つの干,四つの卦名を組み合わせた24の風向の名称が見える。前漢には,風向を知るための示風旗が変化した俔(けん)と呼ばれる風向計があり,別に相風銅鳥があって風向計(風見鶏)として発達し,晋代以後には木製の相風鳥も作られた。風力については《乙巳占》では,木がそよぐ程度に従って8等級に分けられているが,《三輔黄図》(3世紀末)によれば,前漢には銅鳳凰と呼ばれるものがあり,風力計だったという解釈がある。

 雲の観察は天気の予報に用いられた。すでに《詩経》に〈上天同雲,雨雪雰雰〉,すなわち,全天に一様な色の雲が出ると雪になるとあり,《管子》にも〈雲平らなれば雨甚しからず〉などとあり,また《呂氏春秋》では,雲を山雲,水雲,旱雲,雨雲の4種に分類した。民間には雲と天気に関する諺が多く,唐代の李肇の《国史補》には,〈暴風の候は,炮車雲あり〉,黄子発の《相風書》には,雲が魚鱗のようなら,翌日の風は最も強い,などという記事がある。宋代には,さらに詳しい記述が孔平仲の《談苑》などに見える。

 湿度の観測については,前漢までには天秤の両側に土と木炭片を置き,木炭が水分を吸うと,木炭片の方が下がるようにした装置が作られ,後代の清の康煕年間(1662-1722)には黄履荘が毛髪湿度計に相当する験燥湿器を作った。この原理はすでに後漢の王充が,琴弦が湿度に感応すると指摘していた事実に由来する。雨については,甲骨文に,大雨,猛雨,疾雨,足雨,多雨,毛毛雨などの区別がある。後漢になると,降雨量を中央に報告させた。南宋の秦九韶の《数書九章》(1247)には降雨量に関する数学の問題があるが,雨量計が実際に作られたのは15世紀中葉の明代であり,朝鮮の仁川,大邱で発見された乾隆庚寅(1770)5月の年代を刻んだ雨量計(測雨器)は,それと同じ型式だとされている。雷や稲妻はもちろん,虹,暈,ビショップ環,オーロラなどの大気現象についても早くから観察され,多くの記録が残された。気象理論については,戦国時代の《計倪子》(前4世紀)に見えるように,水の循環で雨が降るという考え方が早くから成立していた。
執筆者:

日本でも,古代から気象に関連した記述が見られる。雲や霧を歌った歌謡は《古事記》にも見られるし,8世紀奈良時代の初期に編纂された《風土記》には気象に関する記述がある。この頃,中国からは二十四節気・七十二候が入ってきた。日本の学問は中国からの直輸入が多く,気象もその例外ではなかったが,15世紀の室町時代になると,おもに船乗りによる経験に基づいた記述が出てくる。1456年に瀬戸内海の水軍の首領村上山城守雅房は《船行要術》を著し,天気の変化に関する経験則を多くのせている。江戸時代に入り,1767年に中西敬房が《民用晴雨便覧》を刊行し,天気の変化と,地形との関連にふれている。また,前述の二十四節気・七十二候は,しだいに日本の知識が織り込まれ,農事などに広く使われた。江戸末期になると,西欧の科学が日本にも入り,近代的な気象学の芽生えが現れる。1825年に刊行された青地林宗の《気海観瀾(きかいかんらん)》は,物理学・化学をおもに扱った本であるが,気象に関することもかなり含まれている。古河藩の城主土井利位(としつら)は顕微鏡で雪の結晶を観察し,そのスケッチを《雪華図説》として1833年に出版している。また,越後の商人鈴木牧之は1835-42年に《北越雪譜》を出したが,これは雪に関連した各種の話題を収めたものである。1857年には伊藤慎蔵が《颶風新話(ぐふうしんわ)》を出したが,これはイギリスの航海者ピディントンH.Piddingtonの書いた《航海者のための暴風雨に関する会話》の蘭訳をさらに和訳したもので,邦訳された最初の気象専門書である。

 測器による気象観測は,江戸時代にも天文観測と並行して断片的に行われたが,定期的に行われるようになったのは明治維新後である。イギリス人のH.B.ジョイネルは東京の赤坂で1875年6月1日から気象観測を始めた(この日を気象庁発足の日としている)。そして,ドイツ人のE.クニッピングの建議により,天気図がつくられ,暴風警報が初めて出されたのは83年である。このように,気象事業の発足には,外国人の力が大きかった。その後,90年には中央気象台の官制ができ,荒井郁之助が初代の台長となった。また,日本気象学会の芽生えである東京気象学会ができたのは1882年であった。そして,中村精男(きよお),和田雄治などの日本人の手で日本の気象学が開拓されていくようになった。明治時代には産業気象的なものが多かったが,87年に出された北尾次郎の颶風に関する論文は,これを力学的に解析したもので,世界第一級のものであった。1908年には岡田武松は《気象学講話》を自費出版し,教科書として使用され日本の気象学の基礎づくりに大きく貢献した。また,彼はこの頃,梅雨を論じたが,これは第2次世界大戦後,大気大循環の立場から新しい進展を見た。

 大正年代に入ると,総観気象に関する研究が多く出るようになり,藤原咲平は独特の渦論を展開している。昭和に入り,1928年に堀口由己(よしき)は極東の台風を論じた。34年の室戸台風は大きな損害を与えたが,これを契機として防災体制の確立が叫ばれ,その後の日本の気象事業,気象学の発展に大きな影響を与えた。昭和10年代に入ると,ノルウェー学派の気団論が日本の気象界に入った。中谷宇吉郎は36年ころから人工雪に関する研究を始めた。40年からは前橋を中心として,気象学者,電気工学者たちが共同して雷の特別観測を行った。また,この頃,動気候学に関する研究も現れ,量的予報といった技術の開発も行われた。その後,第2次世界大戦となり,研究の力はそがれたが,中谷宇吉郎をリーダーとし,根室で大がかりな霧の特別観測が行われた。雷雨の特別観測とともにこれが気象に関するプロジェクト研究の始まりといってよいであろう。

第2次世界大戦を契機として,気象学は著しく高度化した。航空の必要性から,高層観測を行う目的のため,1928年にはラジオゾンデが発明されていたが,第2次大戦の前後,それによる高層観測が世界的に整備された。また,気象観測データの国際的な交換が進み,広範囲の天気図が作られるようになり,その解析が進み,気象に関する理解が進んだ。さらにコンピューターの出現とあいまって49年,将来の気圧配置を大気力学の基本式によって数値計算で求める数値予報が,アメリカのJ.G.チャーニーにより初めて開発された。この手法は,その後気象のシミュレーションの技術として大きく発展し,大気大循環の研究が進んだ。日本では55年,正野重方をリーダーとする数値予報グループが結成され,59年に気象庁にコンピューターが導入され,数値予報の現業化が開始された。また,1945年からレーダーが気象観測に利用されるようになり,日本では54年から全国に展開された。66年には,アメリカが初めて気象衛星を打ち上げ,これらにより,それまで天気図により間接的に見ていたスケールの大きい気象の構造が直接目で見られるようになり,その細かい構造も明らかになった。そして,日本でも77年に静止気象衛星が打ち上げられた。

 第2次大戦後の気象学の一つの特徴は,その観測,調査,研究の国際化が進んだことである。元来,気象には国境はなく,すでに1873年,ウィーンで第1回世界気象会議が開かれ,国際気象機関(IMO)が発足し,第2次大戦後に世界気象機関(WMO)に改組された。そして,1963年に気象の観測,データの交換などを国際的な協力で行うという世界気象監視計画の構想が生まれ,68年から逐次実施されている。また,戦後の世界的な人口増加,生産活動の増大による人間活動の巨大化は,気象学に新しい課題を生んでいる。とくに近年は世界的に気候が変わり異常気象がよく起こり,社会にいろいろの影響を与えている。また,人間活動の増大は気候を変えるおそれがあり,小規模には都市気候としてはっきり現れている。また,1960年代後半ころから生産活動の増大による公害が人間の健康にも悪い影響を及ぼすようになり,それに関する気象の解明が進んでいる。また,化石燃料の多量消費により,大気中の二酸化炭素の濃度が増し,温室効果により世界の気候が変わるおそれが出てきている。しかし,気候の状態というものは,いろいろの因子が複雑にからみあって決まるものであり,現在必ずしも明らかではない。そこで,これを解明することが今後の気象学に課せられた研究課題であり,世界気象機関が中心となって,80年から世界気候計画が進められている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「気象学」の意味・わかりやすい解説

気象学
きしょうがく
meteorology

大気圏の性状やその中で起こる個々の気象現象を,主として物理的・化学的方法で研究する自然科学の一分野の学問。対象は地球大気にかぎらず,惑星大気の気象学も盛んに研究されている。大気中の現象はその変化の速度が大きいのが特徴で,大気中に発生,発達,消滅する現象をとらえるには,ほかの地球科学の対象を取り扱う場合よりも時間的に密に現象の変化を調べなければならない。天気図のような大気現象の空間的分布を示すものの,時間的系列を追跡する手法も気象学の特徴といえる。気象学は研究および応用面から,気象力学大気電気学総観気象学高層気象学,超高層気象学,微気象学,気象化学,水文気象学,気候学,航空気象学(→航空気象),水理気象学,農業気象学(→農業気象),海洋気象学などに分かれる。

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世界大百科事典(旧版)内の気象学の言及

【地球物理学】より

…地球を物理学的方法によって研究する地球科学の一分野。固体としての地球(岩石圏)を取り扱う測地学,地震学,火山学,地磁気学などと,地球表面あるいは近傍の水圏および気圏を取り扱う海洋学,気象学,陸水学,超高層物理学などの2大分野に大別される。測地学は地球の形,大きさ,内部構造などを測地観測の結果をもとに議論し,また地殻の変動を議論する。…

※「気象学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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