日本大百科全書(ニッポニカ) 「気象力学」の意味・わかりやすい解説
気象力学
きしょうりきがく
dynamic meteorology
力学の立場から大気の現象を考察する気象学をいう。理論気象学の一部門である。流体力学や熱力学の方程式を用い、将来の気象状態の予測を初期値問題として解くことは気象力学の大きな研究目的の一つである。この学問分野は、総観気象学すなわち天気図上で気象観測の結果を気象要素の空間分布として解析し、大気の構造や状態の変化を把握して、将来の気象状態を予報する方法の研究を主要目的とする分野と対比されることが多い。しかし、気象力学の応用成果として数値予報が実用化されてからは、総観気象学との対比はその意義をほとんど失っている。空気も水蒸気も熱的に影響を受けやすく、空気の運動は回転する地球に相対的な運動として記述されるので、大気に適用される流体力学は、普通の流体力学よりも複雑である。大気の現象についての力学的解明が進むにつれ、気象力学を構成する大気力学自体も発展し、1980年代に気象学を含めて広く大気科学の名称が国際的に普及してから、大気力学は気象力学と同義、または気象力学から独立した分野のように扱われる場合がある。
大気の現象、とくに総観規模現象とよばれる比較的規模の大きい現象(たとえば温帯低気圧や台風など)の力学的研究で、従来は有効でありながら計算処理が複雑なためにほとんど活用されなかった概念が、計算技術の進歩と数値資料の充実によって、1990年代以降に復古的に多用されるようになったことは注目に値する。その好例は数値解析における渦位の導入である。渦位は保存性に優れているので、比較的熱的効果(潜熱や日射など)の少ない500ヘクトパスカル以上の高層では、渦位の追跡によって総観規模現象の立体的な運動とふるまいをより精確に把握できる利点がある。
[股野宏志]
『高橋浩一郎・内田英治・新田尚著『気象学百年史――気象学の近代史を探究する』(1987・東京堂出版)』▽『股野宏志著『天気予報のための大気の運動と力学』(1997・東京堂出版)』▽『二宮洸三著『気象予報の物理学』(1998・オーム社)』▽『小倉義光著『一般気象学』第2版(1999・東京大学出版会)』▽『浅井冨雄・新田尚・松野太郎著『基礎気象学』(2000・朝倉書店)』▽『小倉義光著『総観気象学入門』(2000・東京大学出版会)』