日本大百科全書(ニッポニカ) 「理論気象学」の意味・わかりやすい解説
理論気象学
りろんきしょうがく
theoretical meteorology
科学的な理論によって、大気現象を研究する気象学の一部門をいう。理論気象学の定義、内容、体系などはかならずしも明確ではない。一般的には、気象力学を中心とし、気象音響学、気象光学、大気電気学、大気放射学、雲物理学など物理気象学に属する分野の理論的な部分を総称するものとされている。広義には、物理学の基本法則を用いて、大気現象を理論的に研究する気象学の局面をさすが、狭義には、気象力学とほとんど同義に用いられ、総観気象学に対比して用いられることが多い。
理論気象学の基礎をなす流体力学や熱力学などの物理法則は19世紀の中ごろに確立されたが、自然現象のなかでもっとも身近な気象現象を、これらの法則を用いて理論的に解明する試みが、そのころに始まったのは当然の成り行きである。初期の理論気象学の研究成果には、その当時活躍した著名な物理学者の手になるものが多い。このような学問的背景のなかで、気象学は大気圏の物理学(大気物理学)として、広義の地球物理学を構成するようになり、それまで自然地理学に含められて地理学的もしくは博物学的な立場にあった気象学とは、趣(おもむき)を異にした発展の道を歩むことになった。
雲や雨、雪など降水現象、虹(にじ)や空の色などの光学現象、音の異常伝播(でんぱ)など音響現象、雷などの電気現象、に関する多くの理論的研究の成果は、物理学的にかなり古い歴史をもつもので、現在も理論気象学の古典としての地位を保っている。また低気圧の成因やそのエネルギーに関する研究、貿易風をはじめとする地球上の大きな風系を総合した大気環流論(大気大循環論)などは、理論気象学の代表的な研究主題である。一方、雲の発生や、雲の中で雨や雪が生成する過程は、微細物理的な立場からも研究が進められ、雲物理学という新しい分野を開拓し発展させるまでに至っている。大気中の分子成分や雲および地表面の放射は、大気層を含め地球の熱的平衡に重要な役割を果たしているが、大気を通しての太陽ならびに大気自身、および地表面からの放射伝達など大気中の放射過程に関する研究は、大気の運動や気象現象の理論的解明に不可欠の重要性をもっている。したがって、低気圧をはじめとする大気の各種擾乱(じょうらん)や大気環流など、大気の運動に関する理論的研究には、気象力学のみならず、大気放射学や雲物理学などを含めた総合化が必要とされ、これらを別個に扱うことができなくなっている。
大気中の音響現象、光学現象、電気現象などに関する研究も、気象音響学、気象光学、大気電気学といった枠(わく)の中にとどまることなく、それらの研究成果を通して大気の構造が関連的に明らかにされ、大気の運動の理論的解明に大きく貢献している。その結果、理論気象学は、単に気象学分類上の便宜的な部門名としてではなく、実質的にも、大気現象に関する総合的な理論部門として、有機的に体系化される方向に進んでいる。しかし、気象力学、とくに大気力学が発展し、観測事実に先行して、その存在を理論的に予言する研究も進んでいるので(代表例は1966年の松野太郎による赤道波の予言)、これらの研究をさして理論気象学とよぶ場合もある。しかし、多くの場合、一般に観測事実または解析事実(現象)を理論的に説明する研究をさして理論気象学とよんでいる。
[股野宏志]
『高橋浩一郎・内田英治・新田尚著『気象学百年史――気象学の近代史を探究する』(1987・東京堂出版)』▽『二宮洸三著『気象予報の物理学』(1998・オーム社)』▽『小倉義光著『一般気象学』第2版(1999・東京大学出版会)』▽『浅井冨雄・新田尚・松野太郎著『基礎気象学』(2000・朝倉書店)』