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水越兵助 みずこし・ひょうすけ

朝日日本歴史人物事典の解説

水越兵助

没年:慶応3.2.23(1867.3.28)
生年:寛政9?(1797)
天保7(1836)年8月,甲州に起こった郡内騒動の首謀者のひとり。甲州道犬目宿(山梨県上野原町)の旅籠屋水田屋に生まれる。水田屋は,代々村役人を務める年寄格の家柄であり,兵助も若くして百姓代兼帯年寄として,村役人と宿役人を務めた。天保3(1832)年四方津村名主平兵衛の妹里んと結婚,同7年2月長女たきた出生。しかし,天保4年以来の凶作と家運の衰微に悩む。富士北麓にあった郡内領の地域は,米穀の多くを他所からの買い入れに依存しており,この凶作は一家離散や餓死者を出す深刻な状況を生んだ。兵助は下和田村の森次左衛門と有徳人からの米借りで飢餓人を救済することを計画。郡内農民の参加を募り,同年8月20日集まった人々と甲府盆地へ向かった。最初の白野宿では米借りに成功したが,以後打ちこわしに進展し,最終目的にしていた熊野堂村奥右衛門との交渉も,打ちこわしとなり失敗。以後兵助ら郡内領の者は引きあげたが,一揆,打ちこわしは甲府盆地全域に広がる大騒動となった。兵助は帰村後逃亡。その流浪の旅と家郷,妻子への慕情は残された旅日記に見ることができる。天保11年次女きせの誕生が知られ,ある時期から家族と連絡がとれ,帰村して没したと考えられる。読み書きにも堪能で,流浪中は珠算や家相見などを教え,生活を支えた。法名泰山瑞峯居士。<参考文献>深谷克己『八右衛門・兵助・伴助』,増田広実「甲州郡内騒動頭取犬目村兵助と逃亡日記その他」(『歴史評論』338号)

(増田廣實)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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