日本大百科全書(ニッポニカ) 「江成常夫」の意味・わかりやすい解説
江成常夫
えなりつねお
(1936― )
写真家。神奈川県生まれ。映画や写真に早い時期から関心があって、昼は働いて夜間の高校に通い念願のカメラを入手すると、カメラ雑誌や新聞に写真を投稿する。将来は写真家になると決心し、憧れていた何人かの写真家に「どのようにしたら、関係する仕事に就くことができるのか」を尋ねる文面の手紙を出した。土門拳から来た直筆の返事は、「技術はいつでも学習できるから、幅広く基本的な一般常識を勉強しなさい」という内容であった。10代の折のこのエピソードは、その後の江成の写真家としての生き方に、間違いなく大きな力となった。土門の教えに従って、写真の大学ではなく、東京経済大学経済学部に進み、写真部には入らずに、60年安保闘争のキャンパスや学生集会などを撮り、デモ隊が国会周辺を埋め尽くした時もその中で写真を撮っていた。1962年(昭和37)、同大学を卒業して毎日新聞社に入社し、新聞写真部に配属される。
1970年前後には、米原子力空母エンタープライズの寄港に反対する佐世保のデモ、全国の大学民主化運動、東京大学安田講堂での学生と機動隊の衝突などの現場に立った。出版写真部に異動してからは、週刊誌を中心に海外取材などもこなした。しかし新聞や出版での写真に「噛(か)み合わない対話のようなもどかしさ、むなしさ」を感じ、1974年に退社する。大学時代の写真との関わり方がそうであったように、スタッフ・カメラマンではなく、一人で行動し、全責任をとる、そのような写真家の道を選んだということであろう。
毎日新聞社を辞した年、江成はニューヨークに旅立つ。ウィリアム・クラインやロバート・フランク、リチャード・アベドン、ダイアン・アーバスらの活躍する、ニューヨークという写真の現場に身を置こうとの考えからだった。1年のニューヨーク滞在を経て帰国、さまざまな家族の肖像を撮った写真集『ニューヨークの百家族』(1976)を出版し、翌1977年日本写真協会新人賞を受賞する。帰国してからの数年をかけ、日本の家族にも眼を向けて、全国的な視野で撮影をしているが、これらの写真は1990年代になって写真展などで発表されている。1978年には再び渡米、ロサンゼルスに滞在して、カリフォルニアに住む日本人の戦争花嫁たちを取材し、「花嫁のアメリカ」を『アサヒカメラ』誌に連載、同誌別冊として『花嫁のアメリカ』(1981)を刊行する。写真だけでなく、戦争花嫁たちからの聞き書きが見事で、彼女たちの言葉を伝えるその語り部のような仕事は、肖像を撮る写真家としてのみならず、戦後を検証し、歴史に埋もれた言葉を掘り起こして記録する、作家としての力も示した写真集として話題となり、1981年木村伊兵衛写真賞を受賞する。以降、ライフワークとして戦後史を撮りつづける。
1981年には訪中して、旧満州の中国東北部で中国残留日本人孤児たちを撮影取材、以後も2回にわたって訪中し、その仕事は『シャオハイの満州』(1984)として出版される。この写真集でも、戦争孤児たちから聞き出された言葉が、写真とともに、孤児たちの内面に光を当て活写している。これと並行して『毎日グラフに』誌に連載していた「百肖像」が、同じ1984年に同名の写真集として出版され、この2冊の写真集によって土門拳賞を受賞(1985)。さらに1985年からは「ヒロシマ」シリーズの撮影を開始し、1989年(平成1)からは再び「満州」シリーズの撮影を始めている。江成の仕事はどれも長期にわたって取材するスケールの大きい根気のいる仕事で、「満州」シリーズが『まぼろし国・満州』として出版されたのは1995年である。同写真集でこの年の毎日芸術賞を受賞している。写真集『花嫁のアメリカ 歳月の風景1978―1998』(2000)および写真展「昭和史の風景」(2000、東京都写真美術館)で2001年日本写真協会年度賞を受賞。また、故郷を流れる相模川の自然を撮りつづけて『山河風光 相模川の四季』(1998)として出版し、同年神奈川文化賞、相模原市文化賞を受賞。「ヒロシマ」シリーズが集大成されたのはさらに後のことで、2002年の『ヒロシマ万象』を待つことになる。2002年には紫綬褒章を受章。九州産業大学大学院芸術研究科教授。
[大島 洋]
『『ニューヨークの百家族』(1976・平凡社)』▽『『百肖像』(1984・毎日新聞社)』▽『『花嫁のニッポン』(1986・講談社)』▽『『ニューヨーク日記』(1989・平凡社)』▽『『まぼろし国・満州』『記憶の光景・十人のヒロシマ』(ともに1995・新潮社)』▽『『山河風光 相模川の四季』(1998・相模経済新聞社)』▽『『花嫁のアメリカ 歳月の風景1978―1998』(2000・集英社)』▽『『ヒロシマ万象』(2002・新潮社)』▽『『花嫁のアメリカ』(講談社文庫)』▽『『シャオハイの満州』(新潮文庫)』▽『長谷川明著『写真を見る眼』(1985・青弓社)』▽『松本徳彦著『写真家のコンタクト探検』(1996・平凡社)』