コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

池田正式 いけだ まさのり

3件 の用語解説(池田正式の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

池田正式 いけだ-まさのり

?-? 江戸時代前期の俳人,狂歌師。
大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩士。安原貞室,松永貞徳にまなぶ。松江重頼の「毛吹草」を非難して,正保(しょうほ)3年「郡山」をあらわした。のち浪人し狂歌に転じた。通称は十郎右衛門。狂号は平群実柿(へぐりの-さねがき),布留田造(ふるの-たつくり)。著作に「あやしぐさ」「堀河百首題狂歌集」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

いけだまさのり【池田正式】

江戸前期の俳人。生没年不詳。貞徳門。通称十郎右衛門。早くから京都で和漢の学を修め,1631年(寛永8)播州姫路本多政勝に仕官,39年主君の転封に従って大和国郡山に移る。家中の内紛と病弱に悩み,浪人して奈良に移住,寛文末年ごろ自害したと伝える。著書は《毛吹草(けふきぐさ)》の難書《郡山》のほか,《土佐日記講注》《堀河狂歌集》等。〈今宵三五あすみん月やしゝが谷〉(《玉海集》)。【乾 裕幸】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

池田正式
いけだまさのり

生没年未詳。江戸前期の俳人、狂歌作者。寛文(かんぶん)年間(1661~1673)かなりの高齢で没か。通称重右衛門(重郎左衛門とも)。大和郡山(やまとこおりやま)藩士。貞徳門。俳諧(はいかい)作品は重頼(しげより)編『毛吹草(けふきぐさ)』(1638序)以下に多く入集。その『毛吹草』に対する非難書『郡山』(1646刊)は正式の著とされる。狂歌には平郡実柿(へぐりさねがき)、布留田造(ふるのたつくり)の戯号で自歌200首を百番にあわせた『狂歌百首歌合』がある。
 時鳥(ほととぎす)鳴きつるかたをながむればただあきれたるつらぞ残れる[森川 昭]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の池田正式の言及

【狂歌】より

…安土桃山時代の狂歌作者には,南禅寺の住持にまでなった禅僧で《詠百首狂歌》の作者雄長老,当代歌学の権威細川幽斎,碁の名人本因坊算砂,豊臣秀吉の御伽衆(おとぎしゆう)大村由己,狂歌百首をのこした聖護院道増,《醒睡笑》の作者で浄土宗誓願寺の住職安楽庵策伝,公家の烏丸光広らがあり,それぞれの道の第一級の人々が余技として狂歌を楽しんだ。寛永以後は貞門俳人が中心で,松永貞徳,斎藤徳元,半井卜養,池田正式(まさのり),石田未得,高瀬梅盛らにまとまった作品があり,俳諧点取りの奥書に狂歌が応酬されていたりする。《古今夷曲集》の生白庵行風(せいはくあんこうふう)や《鳩の杖集》の豊蔵坊信海(ほうぞうぼうしんかい)になると,俳諧より狂歌に重点が移ってくる。…

※「池田正式」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

池田正式の関連キーワード舎羅阿形但秀尼坂好道半井和年宮川正由宝賀轍士貞徳貞門立圃重頼

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone