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汪東興 おうとうこうWang Dong-xing

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

汪東興
おうとうこう
Wang Dong-xing

[生]1916. 江西
中国の政治家,軍人。紅軍出身で,主として公安関係に勤務したのち 65年 11月中国共産党中央弁公庁主任となり,69年政治局委員候補,73年政治局委員に昇進。 76年には「四人組」の逮捕を直接に組織している。 77年政治局常務委員と中共中央副主席に選出され,イデオロギー,宣伝,マス・メディアを主管。華国鋒とともに「二つのすべて」を提唱鄧小平らの古参幹部の復活,文化大革命および毛沢東思想の再認識および農村請負制の導入に反対した。 80年2月中央の指導ポストから解除される。 82年中央委員候補,87年中央顧問委員会委員。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

汪東興
おうとうこう / ワントンシン
(1916― )

中国の政治家。江西(こうせい/チヤンシー)省泰和県出身。1927年毛沢東(もうたくとう/マオツォートン)が創立した江西省井岡山(せいこうざん/チンカンシャン)遊撃区で少年勤務兵となる。1934年長征に参加。延安(えんあん/イエンアン)で中国共産党要人の警護係を務めた。1949年新中国の北京(ペキン)で政務院秘書庁警衛処長。1949年末毛沢東訪ソに随行。1955年末公安部次官、1958年江西省副省長。1966年劉少奇(りゅうしょうき/リウシャオチー)に随行してパキスタンなどを訪問。1967年中央警衛連隊長、党弁公庁主任に就任、特務の責任者となる。1973年党政治局委員。1976年第一次天安門事件を弾圧。1976年10月「四人組」打倒に協力。1977年党副主席となるが、1978年三中総会で毛沢東盲信の誤りを非難され、1980年2月党中央委員に降格された。1982年12回党大会で中央委員候補最末席になり、1985年から党中央顧問委員となった。[高市恵之助・渋谷 司]

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