改訂新版 世界大百科事典 「決定理論」の意味・わかりやすい解説
決定理論 (けっていりろん)
decision theory
個人や企業などが意思決定や経営政策の決定を行おうとする際には,いろいろな不確実な条件が存在することが多いので,それらに対して適切な考慮をして,良い決定を下し,行動しなければならない。選択可能な行動のうちで,実際にどれをとるのがよいかを統計学的な考察によって評価する理論を決定理論あるいは〈統計的決定理論〉という。この理論では,まずとりうる行動を列挙し,また不確実な条件についても,実現する可能性のあるもの(これを〈状態〉と呼ぶ)を列挙する。そして,どの行動をとったときにどの状態になったら,どれだけの利益が上がるか,あるいはどの程度好ましいかを,金額なり点数なりで評価する。この評価値のことを〈利得〉と呼ぶ。たとえば,1等1万円,2等1000円,3等100円が当たる宝くじのある番号の1枚が100円で友人から買えるとする。とりうる行動は,“買う”,“買わない”の二つである。可能な状態は,その番号が“1等になる”,“2等になる”,“3等になる”,“はずれる”の4通りである。したがって,この場合の利得は表のようになる。最適な行動を選択するための基準としては,(1)各行動をとったときに最悪の状態が実現した場合の利得を比較して,それが最大になる行動を選ぶという悲観的な基準(マクシミン基準),(2)最良の状態が実現した場合の利得が最大になる行動を選ぶという楽観的な基準(マックスマックス基準),(3)期待利得(利得の平均値)が最大の行動を選ぶという中間的な基準,などがある。どの基準を適用するかは,各人あるいは各企業等が決めるべきことである。宝くじの例では,買った場合の最悪の状態,最良の状態は,それぞれ“はずれる”,“1等が当たる”であり,買わなかった場合にはどの状態が実現しても利得は同じであるから,(1)の基準によれば“買わない”,(2)の基準によれば“買う”のが最適な行動である。(3)の基準を使うためには,それぞれの状態が実現する確率を知る必要がある。宝くじの場合には,この確率が完全にわかっていて,誰にとっても同じであるが,一般にはわからないことが多い。その場合には,何らかの調査および意思決定者の主観によってこれを推定する。推定された確率を使って,基準(3)を適用して選ばれる最適な行動のことを〈ベイズ解〉という。統計的決定理論の基礎は,A,ウォールドによって1940年代に築かれた。彼の著書《Statistical Decision Functions》(1950)には,数学的にきちんとした理論が書かれている。この理論は,その後の統計学の理論的な発展に大きな影響を与え,たとえば〈逐次解析〉や〈多段決定過程〉などの研究が盛んになった。また,企業の政策決定を科学的に行おうとするオペレーションズリサーチの分野にも多大の影響を及ぼした。ウォールドの一般理論では,利得の代りに〈損失〉を用いて議論しているので,(1)に相当する基準,すなわち各行動をとったときに生ずる最大の損失を比較して,それが最小になる行動を選ぶという基準をミニマクス基準と呼ぶ。
執筆者:伏見 正則
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報