元来は船乗りや漁師が海上で使用するのを忌んだ言葉をいうが,今日ではその代りに用いられる言葉をさすことが多い。主に,死などの縁起の悪い言葉および四足動物や蛇,鯨のような神聖視される動物の名前が沖言葉とされ,これを口にすると不漁や転覆などの不幸を招くと信じられている。“去る”に通じる猿および蛇を忌むのは全国的で,猿をエテコウ,蛇をナガモノとよぶのが普通である。その他,猫をヨコザ,牛をタワラゴ,熊をヤマノヒト,鯨をエビスなどといい,猟師の使う山言葉と共通するものもある。海上はこの世とは別の世界であるという意識から,言葉も日常とは異なったものを用いるのであろう。鹿児島県の喜界島には,サワラ・カツオの魚をはじめ,やす・包丁・網等の漁具,風・雲・塩・水・きせるといった気象や身近なものまで特別な言葉でいい表す風習が伝えられていた。
→忌言葉
執筆者:大嶋 善孝
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…特定の時や場所で口にしてはならない言葉やその代りに用いる言葉をいう。忌言葉は山言葉,沖言葉,正月言葉,夜言葉,縁起言葉などに分けられる。忌言葉は,宗教儀礼における〈忌〉の一つの形式で,神や神聖な場所に近づく際には不浄なものや行為を避けるだけでなく,それを言葉に出していうことも忌み,代用語を用いていい表したことから生まれたと考えられている。…
…元来は〈かくしことば〉といったが,隠語の字をあてられた結果〈いんご〉と呼ばれるようになり,スラングslangの訳語ともされて,隠語の意義内容は複雑になった。隠語は仲間うちだけに通用する目的の非公式の言葉であるから,香具師(やし)や犯罪者等の反社会的集団のものだけにかぎらず,平安時代の神宮の〈斎宮忌詞(いつきのみやいみことば)〉(塔をアララキ,僧をカミナガ,打つをナヅなど),宮廷女官の〈女房言葉〉(田楽をオデン,杓子をシャモジ,豆腐をオカベなど),僧侶の〈学林秘語〉(卵をシロナス,鮎をカミソリ,酒をゴマスなど),大阪の人形遣いの用いた〈占傍(せんぼう)〉(金銭をセンタロウなど),漁師の〈沖言葉〉や猟師の〈山言葉〉なども広い意味で隠語といえる。このほか,学生,芸能人,商人,医師,軍隊,山窩(さんか)などの社会で用いられる隠語もあるが,一般には隠語といえば反社会的集団の符丁言葉を意味することが多い。…
…また海上で〈塔〉や〈教会〉という言葉を使ってはならない。沖言葉として〈鋲(びよう)〉とか〈とがったもの〉といわなければならない。動く海は生物と考えられ,さらに海にはあらしをよび起こす悪魔が住んでいると伝えられている。…
…日本の事例をあげれば,山中で狩猟生活に従事していたマタギは,山中で狩猟を行っているときには〈山言葉〉を用い,そこで〈里言葉〉を用いることをタブーとしていた。同様に〈里言葉〉と区別される〈沖言葉〉を用いる漁民もいる。 また,人体からの分泌物や人体から切り離されたもの,すなわち糞便,尿,精液,月経血,切った髪やつめ,あか,吐いたつばなどがしばしばタブーの対象となるのも,それらが自己とそうでないものというもっとも根本的な範疇区分をあいまいにするものだから,と説明する論者もいる。…
※「沖言葉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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