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海陸豊ソビエト かいりくほうソビエト

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

海陸豊ソビエト
かいりくほうソビエト

中国最初のソビエト区。国民党と中国共産党との分裂後の 1927年 10月,広東省東江地方の海豊陸豊県一帯の農民は南昌から南下する紅軍に呼応して武装蜂起し,11月海陸紫 (海豊,陸豊,紫金) ソビエト政府を樹立し,土地革命を実行したが,28年2月軍閥の攻撃を受け4ヵ月足らずで解散した。この政権が広東コミューンの先駆となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

海陸豊ソビエト
かいりくほうそびえと

中国、広東(カントン)省の海豊県、陸豊県一帯に、1927年11月から28年2月まで存在した中国最初の工農兵ソビエト政権。日本留学から帰った共産党員彭湃(ほうはい)が指導者。
 この地方は辛亥(しんがい)革命後、軍閥陳炯明(ちんけいめい)の支配下にあったが、1922年彭湃が全国に先駆けて農会(農民組合)を組織して以来、農民運動が盛んになった。とくに国民革命の進展に伴い陳炯明が追われると、この地の農民運動はいっそう激化し、実力で大幅な小作料引下げなどを実現した。このため「小モスクワ」とまでよばれるほどであった。27年の国共分裂後、共産党側はソビエト建設の方針を決め、3回の武装蜂起(ほうき)を経て同年11月、ついに最初のソビエト政権樹立に成功した。政権は労、農、兵の三者で構成され、土地改革などを行ったが、翌28年春、国民党軍の大規模な反撃を受けて崩壊した。しかし、一部は山間に逃れ、その後も遊撃戦を続けた。[倉橋正直]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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