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南昌 ナンショウ

百科事典マイペディアの解説

南昌【なんしょう】

中国,江西省北部にある同省の省都。旧名は予章,洪州。【かん】江下流,【は】陽(はよう)湖に近く,向九(向塘〜九江)・浙【かん】(せっかん)(杭州〜株洲)2鉄路の交差点。
→関連項目江西[省]

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世界大百科事典 第2版の解説

なんしょう【南昌 Nán chāng】

中国,江西省の省都。人口147万(1994)。市域には新建,南昌など4県を含む。省の北部,贛江(かんこう)が鄱陽湖(はようこ)に注ぎこんでつくる湖盆の三角州の中心にあり,全流域を扼する位置にある。付近では新石器時代末期には稲作をおこなう集落が広がり,中原の殷文化の影響も受けていた。当時の鄱陽湖は今より範囲も狭く,南昌の前面には広く沖積平野が開けていた。春秋時代には楚の領域に属し,国を支える重要な後背地の一つであった。

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大辞林 第三版の解説

なんしょう【南昌】

中国、江西省の省都。贛江かんこう下流の東岸に位置する水陸交通の要地で、米・茶・綿花などの集散地。1927年朱徳の指揮する紅軍が武装蜂起した革命の故地。ナンチャン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

南昌
なんしょう / ナンチャン

中国、江西(こうせい)省北部にある地級市で同省の省都。(かんこう)下流域に位置し、北東に陽湖(はようこ)を臨む。市は、東湖(とうこ)、西湖(せいこ)、青雲譜(せいうんふ)、湾里(わんり)、青山湖(せいざんこ)、新建(しんけん)の6市轄区からなり、南昌、安義(あんぎ)、進賢(しんけん)の3県を管轄下に置く(2016年時点)。人口510万0800(2013)。省の政治、経済、文化の中心で、交通の中枢となっている。漢代に南昌県が設置され豫章(よしょう)郡の治所となってから、隋(ずい)に至って洪州(こうしゅう)の治所に改められ、以後、南宋(なんそう)では隆興府(りゅうこうふ)、元では隆興路(のちに竜興路)の治所が置かれた。明(みん)代に南昌府の治所となってからは、清(しん)もこれを継承して、明清両代、江西省の省都であった。
 新中国になってから鉄鋼、電子、自動車、トラクター、機械、化学、紡績、製紙などの工業が発達した。周辺の農村部では、米、小麦、綿花、ラッカセイ、ゴマ、ナタネ(アブラナ)、大豆、サツマイモを産し、陽湖での水産業も盛んである。市域南部を滬昆(ここん)線(上海(シャンハイ)―昆明(こんめい))が東西に走り、向塘(こうとう)で北京(ペキン)から南昌を経由して九竜(きゅうりゅう)(香港(ホンコン))に延びる京九鉄道と交差する。また水運の便もよく、江、撫河(ぶが)、錦江(きんこう)などによって省内の主要都市と結ばれるほか、陽湖によって長江(ちょうこう)(揚子江(ようすこう))とも連絡しており交通至便である。市北部には1999年開港の南昌昌北国際空港がある。
 中国の革命運動史のうえで重要な役割を演じた都市の一つで、1927年8月1日、周恩来(しゅうおんらい)、朱徳(しゅとく)、賀竜(がりゅう)らは反革命化した武漢(ぶかん)政府と決別すべく、南昌に駐屯していた部隊を率いて武装蜂起(ほうき)を行った(南昌暴動)。蜂起は失敗したものの、これが中国共産党が自己の軍隊をもった最初であり、人民解放軍の起源として、現在、八・一建軍節(建軍記念日)が設けられている。新中国成立後、市には南昌八・一起義(蜂起)記念館や江西省革命烈士記念堂などの革命戦争を記念する建築物が建てられた。
 市の内外には名所・旧跡が多く、百花洲、東湖などの名勝がある八・一公園や、明末清初の画家八大山人(朱(しゅとう))が隠棲(いんせい)した道観である青雲譜が有名。[河野通博・編集部]

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