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深見十左衛門 ふかみ じゅうざえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

深見十左衛門 ふかみ-じゅうざえもん

1641-1730 江戸時代前期-中期の侠客(きょうかく)。
寛永18年生まれ。藤堂家につかえたが浪人となり,江戸にすむ。朱鞘(しゅざや)の大脇差をさして市中を横行。侠客取り締まりで隠岐(おき)(島根県)へ流されたが,二十数年後江戸にもどった。享保(きょうほう)15年3月18日死去。90歳。本姓は深溝。名は十蔵,貞国。号は自休。

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朝日日本歴史人物事典の解説

深見十左衛門

没年:享保15.3.18(1730.5.4)
生年:生年不詳
江戸前期の侠客。本姓深溝氏。三河(愛知県)武士の末裔で,はじめ津藩主の藤堂家に仕えたが致仕して江戸に住む。時の権力者酒井雅楽頭忠清の臣6人を相手の喧嘩で名を挙げる。北条安房守氏長が彼ひとりのために一隊を派遣,大酔に乗じて捕縛した折,その怯懦を嘲笑したという話は講談の脚色らしいが,幕府の男伊達取締策のため隠岐に流罪となったのは事実である。30年後80歳で赦免,江戸に帰り剃髪して自休と号し,西山宗因に俳諧を学ぶ。「名月や来て見よがしの額際」の句がある。山東京伝歌舞伎『助六』の髭ノ意休のモデルに擬したが,三田村鳶魚は否定している。義歯の上歯を金,下歯を銀で作るなど,数々の逸話を残し,90歳の長寿で没したとされる。

(上村以和於)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

深見十左衛門
ふかみじゅうざえもん
(?―1730)

江戸前期の侠客(きょうかく)。本姓深溝氏。初め十蔵、名は貞国。藤堂(とうどう)家浪人ともいう。寛文(かんぶん)(1661~73)ごろより江戸市中の男達(おとこだて)の頭目となる。風流も解し、延宝(えんぽう)(1673~81)ごろ江戸へ下った西山宗因(そういん)に入門し、「名月や来て見よかしの額際(ひたいぎわ)」の句をつくった。十左衛門の抜き上げた額を詠んだもの。天和(てんな)(1681~84)ごろ隠岐(おき)に流謫(るたく)され、宝永(ほうえい)年中(1704~11)赦免された。剃髪(ていはつ)して自休(じきゅう)と称した。「髭(ひげ)の十(じゅう)」ともよばれ、歌舞伎(かぶき)狂言『助六(すけろく)』の「髭の意休」のモデルとされた。享保(きょうほう)15年3月18日没。年90または95という。江戸駒込(こまごめ)片町(東京都文京区本駒込)の龍光(りゅうこう)寺に葬る。墓碑に一応院心渓自休菴主墓とある。[比留間尚]

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