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灰吹銀 はいふきぎん

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世界大百科事典 第2版の解説

はいふきぎん【灰吹銀】

灰吹法によって冶金された銀をいう。山吹銀とも呼ばれ,15~19世紀の日本の銀地金(じがね)の一般的なあり方であった。灰吹きは世界史的にはすでに旧約聖書の記述にみられ,含金・銀鉛を灰吹皿(灰吹炉)で送風・溶解し,鉛を灰化・蒸発させ,皿の底に残った銀を採取する方法である。ギリシアローマ時代に発明されたアマルガム法(混汞(こんこう)法)と並んで精銀冶金の主要技術として,19世紀末のシアン化法,電解法の採用にいたるまで,ひろく銀冶金技術として行われた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

灰吹銀
はいふきぎん

灰吹法によって製錬された銀。近世日本の銀製錬は、銀鉱石に鉛を投じて製錬してまず含銀鉛(貴鉛)をつくり、この貴鉛を灰吹床(炉)で熔かし、鞴(ふいご)で風をかけて鉛を酸化させて灰に吸収させて炉粕とし、残った銀を取り出す方法をとった。含銀銅からの銀の分離抽出にも使われ、含銀銅は銅と含銀鉛にまず分離する製錬を経て、灰吹法で含銀鉛から銀を得た。灰吹法は1533年(天文2)に石見(いわみ)銀山に朝鮮からの技術者によって初めて伝えられたという。16世紀後半から17世紀にかけて、日本は世界有数の銀生産地で、各鉱山で生産された灰吹銀はその鉱山名にちなんだ名前でそのまま東アジアに流出したが、江戸幕府は1609年(慶長14)に幕府銀貨以外の灰吹銀の輸出を禁止した。国内では、灰吹銀を素材に領国貨幣が鋳造・流通していたが、幕府は元禄年間(1688~1704)にその通用を全面禁止した。[荻慎一郎]
『小葉田淳著『日本鉱山史の研究』(1968・岩波書店) ▽荻慎一郎著『近世鉱山社会史の研究』(1996・思文閣出版) ▽植田晃一著「李氏朝鮮の灰吹法と石見銀山への伝来について」(『資源・素材学会春季大会講演資料』1998)』

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世界大百科事典内の灰吹銀の言及

【銅】より

…江戸時代は諸国銅山の荒銅は大坂に回送され,大坂の吹屋で鉸銅(しぼりどう),間吹銅に吹き,これを輸出用の棹銅や地売用の丁銅,丸銅,長棹銅その他,種々の型銅に小吹した。荒銅には銀を含むものが多いので南蛮吹によって灰吹銀を抜きとるが,抜銀された銅を鉸銅という。しかし含銀の少ない荒銅は南蛮吹せず間吹して吹銅とする。…

【南蛮吹】より

…この鉛と銀の合金を灰床に入れ,炭を入れてふいごでゆるく吹くと,鉛は灰の中にしみ込んで銀のみが炉内に残る(灰吹き)。こうして得られた銀を灰吹銀という。この方法は明治時代に入り電解精製が行われるまで続けられた。…

【領国貨幣】より

…また加賀銀とならぶ領国貨幣の秋田銀には窪田銀・院内銀・野代銀・湯沢銀・横手銀・角館銀・秋田新銀などが見られた。1668年(寛文8)に京都銀座役人の狩野七郎右衛門が幕府に差し出した諸国の灰吹銀に関する調書には,前記の出羽秋田・加賀・能登・越中の銀貨のほかに,陸奥(津軽・会津・福島)・出羽(米沢)・越後(新潟・村上・高田)・佐渡・信濃・飛驒・播磨・但馬・因幡・美作・石見・土佐・豊後・日向・対馬の諸国の灰吹銀が挙げられている。これらの地方限り通用の灰吹銀は,幕府により設立された銀座に買い集められて丁銀(ちようぎん)に造り変えられ,幕府貨幣の銀貨となった。…

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