改訂新版 世界大百科事典 「無罪の推定」の意味・わかりやすい解説
無罪の推定 (むざいのすいてい)
裁判で最終的に有罪ときまった者だけが犯人と呼ばれてよく,被疑者・被告人となっただけではまだ犯人ではない。こうして,すべての被疑者・被告人は無罪の可能性があり,できる限り市民的権利が保障されるべきだという原則を無罪の推定(広義)という。人権思想が未発達の時代には,嫌疑をかけられただけで犯人であるかのように扱われた。しかも,証拠不十分等の理由で有罪を宣告することができない場合にも,いわゆる嫌疑刑が科せられ,無罪の推定が働く余地はなかった。しかし,デュー・プロセスの理念に支えられた今日の刑事訴訟においては,〈無辜(むこ)の不処罰〉が絶対的要請とされるので,無罪の推定の理念が純粋に貫かれる必要がある。なお,無罪の推定は,狭義では,国(訴追側)が有罪の立証を尽くさなければならないという証明責任の法則(これを〈疑わしきは罰せず〉の原則ともいう)をさすが,広義には,これにとどまらず,近代刑事裁判の理念そのものに基礎をおく原則だということになる。この原則が,世界人権宣言11条1項にも規定されていることはそのことを示すといえる。
日本には,法律上の明文規定はないが,憲法31条が暗黙のうちに前提とする原則だと解されている。この原則に照らして考えると,日本のマスコミでは,諸外国とちがって,被疑者が逮捕されると同時に敬称をつけなくなるが,これには問題があるといえよう。
→デュー・プロセス・オブ・ロー
執筆者:田宮 裕
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報