刑事訴訟法によって展開される刑事手続の現実それ自体をいう。犯罪が発生すると捜査機関が捜査を行い、一定の事件は検察官に送られる。検察官は、事件を起訴するか不起訴とするかの決定を行う。事件が起訴されると、裁判所は、事件について有罪か無罪かを審理し、有罪である場合には刑罰を言い渡す。検察官は、言い渡された刑罰が実刑である場合には、その刑罰を執行することになる。
このような刑事訴訟手続は、伝統的には、刑法で定められた犯罪に対する刑罰権を実現するための手続であるとされ、そのためには事件の真相を解明するという実体的真実の発見が刑事訴訟の最高の原理とされてきた。それゆえ、厳密な事実認定に基づいて有罪が言い渡され、刑罰が量定され、実刑となって刑罰が執行されることで刑法が具体的に実現される場合もあり、それが刑事訴訟の中核である。しかし、刑事事件がそれとは異なる方法で処理される場合もある。公判を開かないで事実認定を行い、罰金を言い渡す略式手続で処理される事件も膨大である。また、微罪処分や起訴猶予処分のように刑法の具体的実現のない事件処理がなされる場合もある。さらに、訴訟手続の瑕疵(かし)からの公訴棄却の裁判、あるいは、たとえば公訴時効の完成により免訴判決で手続が打ち切られる場合もある。むろん、無罪判決が言い渡される場合もある。したがって、刑事訴訟は、これらの事件処理方法の全体を規律する法制度とみなければならない。刑事訴訟の目的は、刑法を実現することというように狭くとらえるべきではなく、より広く、刑事事件を適正かつ迅速に解決することにあるといわなければならない。
刑事事件を適正かつ迅速に解決するとは、法律の手続に従って、個人の人権を保障しつつ事件の真相を明らかにして刑罰権を実現するなど個々の刑事事件にふさわしい処理方法により、適正かつ迅速に社会的あるいは法的秩序を回復することをいう。すなわち、刑事事件を解決するには、かならず刑事訴訟法に従って解決することが求められる(憲法31条参照)。これに対して、民事事件を解決するには、かならずしも民事訴訟法という法律に従う必要はない。民事事件は、財産に関する紛争であれ身分に関する紛争であれ、当事者の話し合いだけで解決することもある。そこでは、いわゆる私的自治の原則が妥当する。民事事件が訴訟となった場合でも、民事上の権利は当事者が処分することができる(当事者処分権主義)。したがって、民事訴訟上の真実は、刑事訴訟とは異なり、形式的真実といわれる。実体的真実主義が妥当する刑事訴訟とは、根本において異なっている。
[田口守一 2018年4月18日]
捜査機関は、犯罪があると考えた場合に、犯罪の証拠を保全し、被疑者の身柄を保全する捜査活動を行う。捜査機関が犯罪があると考える端緒として、職務質問、自動車検問あるいは検視等があり、捜査機関以外の者が届け出る端緒として、被害届、告訴、告発あるいは自首等がある。実際に犯罪が認知されるのは、犯罪の被害者や目撃者等の第三者の届出による場合が圧倒的に多い。捜査は、任意捜査と強制捜査に区別される。任意捜査には、取調べや鑑定など法律規定のあるもののほか、聞込みや尾行など多様な捜査方法がある。強制捜査としては、被疑者の身柄保全に関するものと証拠保全に関するものがある。
被疑者の身柄保全として逮捕と勾留(こうりゅう)がある。逮捕には、通常逮捕、現行犯逮捕および緊急逮捕がある。司法警察職員による逮捕後の手続として、被疑者に、犯罪事実の要旨を告知し、弁護人を選任できることを告知し、弁解の機会を与え、留置の必要がないときは、ただちに釈放し、留置の必要があると考えるときは、被疑者が身体を拘束されたときから48時間以内に書類および証拠物とともにこれを検察官に送致しなければならない。引致を受けた検察官は、弁解の機会を付与し、留置の必要がないときはただちに釈放し、留置の必要があると考えるときは、被疑者を受け取ったときから24時間以内に、裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。この時間の制限は、被疑者が身体を拘束されたときから72時間を超えることはできない。勾留は、逮捕に引き続く身柄拘束である。勾留期間は、10日であり、さらに10日間延長することができる(内乱罪など特別な罪については、さらに5日間延長することができる)。勾留の場所は刑事施設であるが、これには警察留置場も含まれる。いわゆる代用刑事施設である(かつては代用監獄とよばれた)。証拠の保全活動として、任意処分としては実況見分などがあり、強制処分としては、捜索、差押え、検証、鑑定などがある。1999年(平成11)の刑事訴訟法改正により、通信の当事者のいずれの同意も得ない通信傍受が強制処分とされ、これを受けて同年に通信傍受法(正式名称は「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」)が制定され、特定の犯罪類型に関して、裁判官の傍受令状に基づく通信傍受が実施されることになった。供述証拠の収集は、被疑者については被疑者の取調べにより、被疑者以外の者についてはいわゆる参考人取調べがなされる。身柄を拘束された被疑者の取調べにより被疑者が自白した場合、その自白の任意性をめぐって公判で争いが生ずることも多い。このようなことから2016年(平成28)の刑事訴訟法改正により取調べの録音・録画制度が導入され、検察官が自白の任意性を証明するためには、一定の犯罪について取調べの状況を録音・録画した記録媒体の取調べを請求しなければならないこととされた。
警察の捜査は、軽微な事件についてはいわゆる微罪処分によって終結する場合がある。微罪処分とは、司法警察員が検察官の指示により、一定の微罪について検察官に送致することなく、これらの事件を毎月1回一括して検察官に報告すれば足りるとする制度である。それ以外の事件については、司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、速やかに書類および証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならないとされている。いわゆる検察官送致(送検)であり、これによって警察捜査は終結する。送致事件については、検察官の立場すなわち公判維持の観点から、補充捜査がなされることになる。ただし、身柄事件について警察留置場が勾留の場所とされる場合には、検察官の指揮の下で警察の捜査が続けられることが多い。
[田口守一 2018年4月18日]
捜査が終結すると、検察官は、事件につき公訴を提起するかしないかの決定をする。公訴の提起には、公判を請求する場合と簡易裁判を請求する場合とがある。簡易裁判には、略式命令の請求と即決裁判手続の申立てがある。略式命令の請求は、簡易裁判所の管轄に属する事件について、公判を開かないで、簡易裁判所が罰金または科料を科することを請求する手続であり、即決裁判手続は、争いのない軽微な事件について簡易迅速な審判手続により原則として執行猶予のついた即日判決が言い渡されることを申立てる手続である。
公訴に関しては、国家機関である検察官だけが公訴を提起することができるとする検察官の起訴独占主義が原則とされてきた。また、検察官は、犯罪が成立する場合であっても、公益上、訴追を必要としないときは公訴を提起しないことができるとする起訴便宜主義がとられている。いわゆる起訴猶予である。そこで、場合によっては、公訴権の行使が検察官の恣意(しい)ないし独善に流れる可能性もある。これを抑制する制度として、職権乱用罪に関して裁判上の準起訴手続(付審判手続)の制度があり、またすべての犯罪に関して検察審査会制度がある。検察審査会は、検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査を行う。2004年(平成16)の検察審査会法の改正により、検察審査会の起訴相当の議決にもかかわらず、検察官が再度不起訴処分とした場合には、検察審査会が再度の審査を行い、再度の起訴相当の議決(起訴議決)を行った場合には、この起訴議決に公訴提起の効果が認められることとなった。
なお、2016年の刑事訴訟法改正により、検察官の訴追裁量権に基づき、合意制度と刑事免責制度が導入された。合意制度は、弁護人の同意を条件に、被疑者または被告人が他人の刑事事件の捜査および公判に協力することを約束すれば、検察官は、被疑者または被告人に一定の恩典を与えることを内容とする合意をすることができるとするものである。刑事免責制度は、共犯等の関係にある者のうちの一部の被告人に刑事免責を付与することによってその者の自己負罪拒否特権を消滅させて証言を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠とすることができるとする制度である。いずれも、被疑者の取調べに過度に依存してきた刑事手続を改革するために導入された制度である。
[田口守一 2018年4月18日]
公訴の提起がなされると、公判に備えた準備がなされる。事件によっては、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うために公判前整理手続が行われる。公判前整理手続とは、第1回公判期日前に、公判において当事者が主張する予定の事実を明示させ、証拠調べの請求をさせ、また、証拠開示を徹底して行わせる等により、十分な審理計画を策定するための手続をいい、通常の準備手続に比べて公判準備の程度を格段に強化している。ことに、裁判員の参加する公判手続においては、裁判員の選任手続以前に、公判の予定期間を明らかにしておく必要があるとともに、できる限り連日開廷を行えるような公判準備をしておく必要がある。このようなことから、公判前整理手続の制度が、2004年の刑事訴訟法改正により導入され、とくに裁判員裁判では公判前整理手続を行うことが必須の条件となった。
公判前整理手続は、当該事件の審判を担当する受訴裁判所が主宰して行い、検察官および弁護人が出席する。被告人の弁護人がいなければ行うことはできず、被告人に弁護人がいないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない。被告人は、公判前整理手続に出頭することができるし、また、裁判所は、被告人の出頭を求めることができる。公判前整理手続では、争点の整理と証拠の整理がなされる。検察官は、事件が公判前整理手続に付されたときは、証明予定事実を記載した書面を提出し、証拠の取調べを請求しなければならない。そして、取調べを請求した証拠については、速やかに、被告人または弁護人に証拠開示をしなければならない(請求証拠の開示)。2016年の刑事訴訟法改正では、被告人または弁護人から請求のある場合には検察官の保管する証拠の一覧表の交付制度も導入された。また、請求証拠以外の証拠であって、一定の証拠の類型に該当するものについても、弁護人から請求があれば証拠開示しなければならない(類型証拠の開示)。これには、これまで証拠開示をめぐって争いがある場合が多かった、検察官が証人として尋問を請求した者の供述録取書等も開示対象となり、証拠開示制度が大きく拡充された。他方、被告人または弁護人は、検察官の証明予定事実の提示および請求証拠の開示ないし類型証拠の開示を受けたときは、被告人側の証明予定事実等を明示しなければならず、これによって争点を設定したときは、それを証明する証拠の取調べを請求しなければならない。また、取調べ請求証拠は、検察官に証拠開示しなければならない。さらに、被告人側が争点を明示した場合に、被告人側から請求があったときは、検察官は、請求証拠の開示および類型証拠の開示以外の証拠であって、争点に関連すると認められるものについて、その関連性の程度、被告人の防御にとっての必要性の程度、開示に伴う弊害の内容程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに証拠開示をすることとなった(争点関連証拠の開示)。以上の証拠開示手続について調整が必要となった場合には、裁判所が裁定を行うことができ、証拠開示の時期、方法あるいは開示の条件に関する裁定、証拠開示命令さらには証拠の標目を記載した一覧表の提示命令も出せることとなった。
公判前整理手続において、弁護人が争点を設定したときは、公判手続における弁護人による冒頭陳述が必要となる。公判前整理手続に付された事件については、裁判所は、公判前整理手続の結果を明らかにしなければならない。公判前整理手続に付された事件については、検察官および被告人または弁護人は、公判前整理手続においてやむをえない事由によって証拠調べを請求することができなかったものを除き、公判前整理手続が終わった後には、証拠調べを請求することはできない。
[田口守一 2018年4月18日]
公判手続には、公判前整理手続がなされた公判手続とそれがなされなかった公判手続とがある。また、裁判体が裁判官のみによって構成される場合と裁判員の参加する場合がある。これらは基本的な仕組みに変わりはないが、とりわけ裁判員の参加する公判手続では、法律の素人(しろうと)である裁判員にわかりやすい公判審理とする配慮が必要となる。
公判手続は、冒頭手続、証拠調べ手続、弁論および判決の4段階からなる。
〔1〕冒頭手続は、(1)人定質問、(2)検察官の起訴状朗読、(3)被告人への権利の告知および(4)被告人・弁護人への陳述の機会付与の四つの手続からなる。人定質問は、被告人が人違いではないことを確認する手続である。人定質問が終了すると、検察官が起訴状を朗読する。これが終わると、裁判長が、被告人に対し、黙秘権その他の被告人の権利を保護するための必要な事項を告げる。権利告知がなされると、被告事件に対する被告人および弁護人の陳述がなされる。
〔2〕証拠調べ手続の初めに、(1)検察官は証拠によって証明すべき事実を明らかにしなければならない。これを冒頭陳述という。場合により、被告人および弁護人の冒頭陳述がなされる。(2)次に、検察官による証拠調べの請求がなされる。証拠調べの請求にあたっては、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示しなければならない。いわゆる立証趣旨の明示である。(3)証拠調べの請求があると、裁判所は、その採否を決定し、証拠調べの範囲、順序、方法を決定する。(4)そして、証拠の種類により、証人尋問、証拠書類の取調べ、証拠物の取調べ、被告人質問といった証拠調べが実施される。必要があれば、職権による証拠調べもなされる。(5)証拠調べに対し、当事者には証拠の証明力を争う機会が与えられる。証拠の評価は裁判官の自由な判断にゆだねられているが(自由心証主義)、当事者主義を基本構造とする現行刑事訴訟法では、証拠評価に当事者も関与することとされたのである。また、証拠調べに関し、当事者は異議申立てをすることができる。
〔3〕弁論は、(1)まず検察官が意見を陳述する。これを論告という。論告に際して、検察官は、通常、具体的な刑の量定についても意見を述べる。これを求刑という。(2)ついで、被告人および弁護人が意見を述べる。いわゆる最終弁論である。通常は、先に弁護人が、ついで被告人が最終陳述をなす。弁論手続が終わると結審ということになる。
〔4〕公判手続における犯罪被害者の地位につき、(1)2000年の刑事訴訟法改正および「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」(平成12年法律第75号)により、被害者証人の尋問につきビデオリンク方式による証人尋問制度および証人尋問の際の遮蔽(しゃへい)措置制度、被害者の心情等の意見陳述を可能とする制度および損害回復について民事上の和解を記載した公判調書に対する執行力の付与制度が導入され、(2)2007年の刑事訴訟法改正により、犯罪被害者が刑事裁判に参加する被害者参加制度が創設され、これにより、被害者は被害者参加人として、情状事項につき証人尋問をしたり、被告人質問をしたり、あるいは弁論として意見陳述ができることとなった。また、被害者の住所・氏名等の被害者特定事項を不開示とする制度等および損害賠償命令制度も創設された。さらに、(3)従来証拠開示にあたって被害者特定事項を被告人に知らせないことを要請できるにすぎなかったところ、2016年の刑事訴訟法改正により、被害者の身体・財産に対する加害のおそれがある場合には、被害者特定事項を被告人に知らせないことを条件とする証拠開示あるいは氏名にかわる呼称や住居にかわる連絡先を知らせるという代替的措置をとった証拠開示の制度も導入された。
〔5〕判決の宣告は、公開の法廷で行われる。公判の裁判には、有罪・無罪の判決のほか、管轄違いの判決、公訴棄却の裁判、免訴の判決がある。有罪判決の宣告の場合は、被告人に対して上訴期間等が告知される。また、判決の宣告の後に、裁判長は被告人に対し適当な訓戒を与えることができる。
裁判員の参加する公判手続では、裁判官による公判手続に比べて、特別な配慮が必要となる。(1)裁判官、検察官および弁護人は、裁判員の負担が過重なものとならないようにしつつ、裁判員がその職責を十分に果たすことができるよう、審理を迅速でわかりやすいものとすることに努めなければならない(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律51条)。(2)冒頭陳述にあたっては、公判前整理手続における争点整理と証拠整理の結果に基づき、証拠との関係を具体的に明示しなければならない(同法55条)。(3)証拠調べにあたっては、裁判員は、裁判長に告げて、証人その他の者の尋問に際して必要な事項について尋問することができる(同法56条)。(4)2007年の法改正により、証人尋問等を記録媒体に記録する制度が設けられ(同法65条)、裁判員は記録媒体の再生により、より鮮明に記憶喚起ができ、また、できる限り連日開廷するため公判調書の作成が評議にまにあわない場合でも、その再生により供述内容の確認をすることができるようになった。(5)評議にあたっては、裁判長は、裁判員に対して説明を丁寧に行い、評議をわかりやすいものとするように整理し、裁判員が発言する機会を十分に設けるなどの配慮をしなければならない(同法66条5項)。(6)評決は、通常の過半数原則を修正して、裁判官および裁判員の双方の意見を含む合議体の過半数の意見によるという特別過半数制度が取られ(同法67条1項)、裁判員のみの多数決で被告人を有罪とすることはできないこととなっている。(7)2007年の法改正により、部分判決制度が設けられた(同法71条以下)。すなわち、複数の事件が起訴され、その弁論が併合された場合に、裁判員の負担を軽減するために、一部の事件を区分し、この区分した事件ごとに裁判員を選任し、事実認定に関して部分判決を行ったうえで、これを踏まえて新たに選任された裁判員の加わった合議体が、当該複数の事件を併合した事件の全体について、刑の言渡しを含めた終局の判決を行うとする制度である。
[田口守一 2018年4月18日]
裁判に対する不服申立ての方法としては、控訴、上告、抗告、非常上告、再審請求、正式裁判の請求などがある。このうち、上訴は、控訴、上告および抗告のことをいう。控訴は、高等裁判所への不服申立てである。控訴理由は、訴訟手続の法令違反、法令適用の誤り、量刑不当、事実誤認など法定されている(刑事訴訟法377条~382条)。上告は、最高裁判所への不服申立てである。上告理由は、憲法違反と判例違反であるが(同法405条)、上告裁判所は、上告理由がない場合であっても、甚だしい量刑不当、重大な事実誤認などの事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、職権で原判決を破棄することができる(同法411条)。抗告は、裁判所の決定または命令に対する不服申立てである。
[田口守一 2018年4月18日]
裁判が確定すると執行力が生じ、刑の執行が可能となる(同法471条)。また、有罪無罪および免訴の判決が確定すると既判力(一事不再理の効果)が発生する(同法337条1号)。裁判が確定するのは、以下の場合である。(1)上告裁判所の判決は、宣告があった日から判決訂正申立て期間10日を経過したとき、またはその期間内に検察官・被告人または弁護人から判決訂正の申立てがあった場合には、訂正の判決もしくは申立てを棄却する決定があったときに確定する。(2)第一審および第二審の判決は、裁判が告知された日から14日という上訴の申立て期間を経過することによって確定する。(3)上訴の放棄または取下げによっても確定する。ただし、死刑または無期の懲役もしくは禁錮に処する判決に対する上訴については、上訴権の放棄は許されない。(4)上訴棄却の裁判が確定したときは原判決も確定する。なお、2016年の刑事訴訟法改正により、自白事件の簡易迅速な処理のために、検察官の公訴取消しによる公訴棄却の決定が確定したときは、刑事訴訟法第340条の例外として同一事件について再起訴ができることとなった(同法350条の26)。
[斎藤金作・内田一郎・田口守一 2018年4月18日]
確定裁判に関する不服申立ての方法に、再審と非常上告とがある。再審請求は、事実認定の不当を理由として、確定判決に対してなす救済裁判の請求であって、被告人の利益のためにだけこれをすることができる。裁判所は、再審開始の決定が確定した事件については、原則として、その審級に従い、さらに審判をしなければならない。非常上告は、法令の違反を理由として、確定判決またはその訴訟手続の破棄を請求するものであり、法令の解釈統一を目的とする。したがって、非常上告に対する判決の効力は、原則として被告人には及ばない。
[斎藤金作・内田一郎・田口守一 2018年4月18日]
裁判は、原則として、確定したのちに執行する。例外として、罰金等の仮納付のように裁判の確定前に執行できる場合がある。また、確定後であっても、死刑のように特別の命令を要するものがあり、また、自由刑の言渡しを受けた者が心神喪失の状態にあるとき等の場合には、検察官の指揮により一時その執行を停止する場合がある。裁判の執行は、その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官がこれを指揮するのが原則である。死刑の執行は、法務大臣の命令による。そして、一定の者の立会いの下に、刑事施設内で絞首してこれを行う。なお少年法は、死刑の緩和を図っている。自由刑の執行は、刑事施設内でこれを行う。その執行方法の詳細は、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律等に規定されている。財産刑、すなわち罰金・科料・没収のほか、追徴・過料・没取・訴訟費用・費用賠償・仮納付の裁判は、検察官の命令によってこれを執行する。
[斎藤金作・内田一郎・田口守一 2018年4月18日]
罪を犯した者に刑罰を科する場合,必ず一定の手続を必要とする。この手続を刑事訴訟(または刑事手続)という。民事関係における権利の実現は,訴訟によらなくても当事者間の合意で可能となるが,刑罰権の実現は,国家と個人との間の関係であるから,刑事手続の実行を不可欠の前提とするのである。なお,外国では,criminal procedure,Strafverfahren,procédure pénaleなど,〈刑事手続〉の語が用いられるが,日本では〈民事訴訟〉と並列して〈刑事訴訟〉と呼ばれることが多い。
日本の刑事訴訟に関する法制は,8世紀における中国法(唐律)の継受に始まる。大宝律令および養老律令は,その時代としては整った刑事手続を定めていた。その後,検非違使(けびいし)庁の設置(9世紀)など,独自の発展も見られ,江戸時代に至ると,御定書(おさだめがき)百箇条(公事方御定書)に代表されるような法制化が行われた。もっともそれは,いわゆるお白洲裁判であり,また拷問も認められ,被告人の権利という観念からはほど遠かった。
明治維新以後,政府は刑事手続の整備に努力したが,当初は律令型の法制が基本とされた(1870年の新律綱領,73年の断獄則例など)。しかし,西洋法継受の要求は強く,フランスの法学者ボアソナードを招くなどして,近代化が進められた(1880年の治罪法)。西洋法も長く複雑な歴史を持っているが,ローマ法,ゲルマン法,教会法などの発展を経て,カロリーナ刑事法典(1532公布),ルイ法典(1670公布)などが成立した。これによって刑事手続の形は整ったが,その内容は,糾問(きゆうもん)主義,法定証拠主義,制度としての拷問など,前近代的な色彩の濃厚なものであった。フランスでは,革命の後,イギリスの法制をも参考にして刑事手続の改革が行われ,いわゆるナポレオン法典の一環として治罪法が成立し(1808),これがやがてヨーロッパ大陸諸国に普及した。日本も,19世紀後半にその列に加わったのである。
近代的な刑事訴訟の基本原理として,弾劾主義の確立(訴追者と審判者の分離),司法制度の整備(裁判機構の体系化および法曹の養成),被疑者・被告人の地位の改善(人権保障の強化)の三つを挙げることができる。
第1の弾劾主義とは,原告と被告とが対立し,裁判所が両者の主張・立証を聞いて公平な立場から判断を下すという訴訟構造を意味する。これは,民事訴訟の場合には当然のことであるが,刑事訴訟では,江戸時代までは〈原告〉と裁判所との分離が明確でなかった。明治初年に検察制度が導入されて,原告官としての検事が被告人を弾劾accuseし,被告人が反論して防御するという本来の訴訟の形態が実現したのである。検察の主張外の犯罪事実について,裁判所がかってにこれを取り上げ,審判の対象にすることはありえなくなった(不告不理の原則)。もっとも,裁判所が積極的に職権を行使して真相の解明に努めるべきだというヨーロッパ大陸法に共通の考え方(職権主義)も,刑事訴訟の基本原理として採用された。しかし,この考え方は,現行刑事訴訟法(1948公布)制定の際,アメリカ法の影響のもとに修正され,検察官(および被告人,弁護人)の立証活動が重視されるに至った(当事者主義)。これによって,訴追者と審判者との分離は一段と徹底したことになる。
第2は,上級下級の別を伴う裁判所(および検察庁)を体系的に設置し,また,裁判,検察および弁護の職責を果たすべき法律家を組織的に養成することである。明治期前半,政府は,条約改正のための必須の前提条件という事情も働いて裁判制度の整備に多大の努力を傾注し,必要な裁判官および検察官の確保にも成功した。また,弁護士についても,悪人の味方を作ることではないかという俗論を克服して,これを制度化した。その後,明治期後半から大正・昭和にかけて,刑事司法制度は着々と発展し,とくに第2次大戦後,日本国憲法の下で,刑事弁護の飛躍的強化,裁判所と検察庁との完全な分離,法曹資格試験(司法試験)および法曹養成教育(司法修習)の一元化など,重要な改革が実現して今日に至っている。
第3は,明治初年における拷問の禁止(同時に証拠裁判主義の採用)に始まり,強制捜査に対する各種の制限,裁判の公開の保障,上訴の許容など,しだいにその内容を豊かにした。とくに,日本国憲法の下では,憲法自身が,強制処分における令状主義,黙秘権の保障,公平・迅速な裁判の保障,証人審問権の保障,自白使用の制限,〈二重の危険〉の禁止など,被疑者・被告人のための多くの規定を設けており,刑事訴訟法・刑事訴訟規則もこれを受けて,被疑者,被告人の地位改善に努めている。もっとも,犯人の確実な処罰という要請と,関係者の人権保障の充実という要請とは,しばしば緊張した関係に立つので,後者の実現のためには,法制の整備のほか,運用の現実に対する配慮もつねに要求される。
刑事手続は,必ず捜査に始まり,公訴の提起(起訴)→公判の手続→第一審の裁判という順序で進行する。むろん,捜査の結果,犯罪の嫌疑が消滅し,あるいは起訴の必要がないと判断されて,手続が終了する場合も少なくない。また,第一審の裁判に対して,被告人または検察官が不服で上訴し,控訴審や上告審の手続が行われることもしばしばある。
捜査を担当するのは,司法警察職員および検察官,検察事務官である。司法警察職員の主力は約20万人の警察官(一般司法警察職員)であるが,そのほか,皇宮護衛官,麻薬取締官,海上保安官など,特定の事項ないし地域について職権を行使する者もいる(特別司法警察職員)。検察官は,司法警察職員に対し,相互協力の関係に立つと同時に,一定の場合には指示を発し,また指揮をすることができる。捜査の過程では,いわゆる任意捜査のほか,強制処分(逮捕,捜索,差押えなど)を伴う捜査も行われる。強制処分については,原則として,裁判官の発する令状が必要である。また,聞込みや取調べなど通常の捜査方法のほか,いわゆる科学捜査が推進され,顕著な発達を示している。
公訴の提起は,もっぱら検察官の任務である(起訴独占主義)。検察官は,捜査の結果を吟味し,起訴の適否を判断する。公訴を提起するためには,有罪の証拠が十分でなければならないが,証拠が十分ある場合も,諸般の事情を考慮して起訴を猶予することが許される(起訴便宜主義)。これは,無用の起訴を防止するうえで著しい効用を持つが,反面,裁量的な判断であるだけに,濫用の危険がないとはいえない。検察審査会の制度や,付審判請求の手続(準起訴手続)は,いずれも起訴便宜主義の濫用の弊害を防ごうとするものである。なお,かつて検察官の裁量権を強く批判し,起訴法定主義を堅持していたドイツでも,最近ではかなり態度を緩和している。
検察官は,軽微な事件の起訴に際しては,略式命令(略式手続)の請求をすることができ,裁判所は,書面による審理だけで刑を科する。この手続で処理されている事件の数は,毎年きわめて多い。通常の事件では,すべて公判が開かれ,検察官,被告人,弁護人等が出席して,公開・口頭の審理が行われる。公判手続は,冒頭手続,証拠調べ,弁論の3段階からなる。審理が終了すれば,有罪または無罪の判決が言い渡される(例外的に免訴,公訴棄却等の裁判が宣告されることもある)。判決の内容に不服の場合は,高等裁判所に対する控訴,最高裁判所に対する上告の道がある。さらに,判決確定後も,再審あるいは非常上告による是正の手段は残されている。
執筆者:松尾 浩也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…裁判と同義に用いられることが多い(裁判)。
[訴訟の種類とそれぞれの特色]
現在は,訴訟といわれるものには,民事訴訟,刑事訴訟,行政訴訟の3種類がある。 民事訴訟は,私人間の法的紛争を取り扱う。…
※「刑事訴訟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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