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牡蠣船 カキブネ

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デジタル大辞泉の解説

かき‐ぶね【牡蠣船】

カキを採取する船。
川岸に船をつなぎ、カキ料理を食べさせる屋形船。江戸時代に広島産のカキを積んでゆき大坂で供したのに始まり、道頓堀のものが有名。 冬》「―の薄暗くなり船過ぐる/虚子

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

牡蠣船
かきぶね

川筋に船をつなぎカキ料理を出す店。またその船をさす。とくに堂島川、道頓堀(どうとんぼり)川などでみられた牡蠣船は大阪の名物の一つであった。江戸中期ころ大坂に、安芸佐伯(あきさえき)郡草津村(現在の広島市)の小西屋五郎八が、養殖カキの販売を求めて進出したのが最初といわれている。そののち絶えていたのを同じ村の仁右衛門(にえもん)が再業するようになった。1708年(宝永5)に大坂で大火があったとき、カキ販売業者が救援に協力したので、その功によって大坂の諸川の岸に船をつなぎ止め、商いすることを許されたと伝えられている。江戸末期のようすは暁鐘成(あかつきかねなり)の『摂津名所図会(ずえ)大成』にみえる。それによると牡蠣船は浪速(なにわ)の処々の橋下にみられ、芸州草津の浦より20余艘(そう)、同仁保(にほ)の浦より15艘と、例年10月中旬に大坂に入津する。そしてなじみの所に船をつなぎ、川岸に小屋をつくり、カキを割って商いをする。その売り始めは10月20日ころである。なお、当時より船中でカキを調理し、汁やなますなどにしてもてなすことが流行したと同書に記されている。すなわち、当初は広島産のカキを割って売っていたのが、のちには船中に客を入れカキ料理を食べさせるようになったといえる。明治時代には客が桟橋を渡って船に入るようになっていたが、その入口で紺絣(こんがすり)に赤襷(あかだすき)をかけた娘たちがカキの殻を割る風景がみられた。当時は10月から大阪にやってきて、3月末になると船とともに広島に帰っていたが、のちには年中営業するものが多くなった。しかし、川の汚濁や臭気のため、年々その姿を消していった。[芳井敬郎]

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