最新 心理学事典 「犯罪性格」の解説
はんざいせいかく
犯罪性格
criminal personality
【精神分析学に基づく犯罪性格論】 犯罪性格についての代表的な理論として精神分析psychoanalysisの考え方に基づいたものがある。これは精神分析学の概念や考え方を用いて,犯罪や非行を引き起こすパーソナリティ特性とその力動的メカニズムを説明していこうとするものである。代表的な研究者とその理論には,以下のようなものがある。
フロイトFreud,S.は,精神分析学の創始者である。彼は犯罪について特別な論考を著わしてはいないが,いくつかの著作の中で,犯罪について言及しており,それが精神分析学的な犯罪性格論のスタート地点となっている。彼は,人間の心を自我,超自我,イドの三つの要素から成ると考えた。このうち,イドは無意識的・原始的な衝動欲求の集合であり,ただただ盲目的に衝動を満足させることをめざすものである。その最も強力で支配的な要素は性欲である。超自我はわれわれの良心に対応するものであり,われわれが良心に反した行動を取らないように監視する機能をもっている。自我は外界を認識し判断し,イドや超自我の働きを調整してわれわれが適応的な行動を取れるようにしていく。この中でとくに犯罪と関係があるのは超自我super-egoである。われわれの超自我は,エディプスコンプレックスとその克服過程の中で発達してくる。エディプスコンプレックスとは,男の子の母親に対する近親相姦願望とライバルである父親に対する殺人願望のことである。超自我はエディプスコンプレックスを逃れるために父親と自分を同一化することから生じる。それゆえ,なんらかの理由で,父との同一化が失敗すると適切な超自我が形成されなかったり,父親の代わりに非行集団や犯罪者と同一化してしまい衝動的な行動を抑制できなくなってしまう。また,エディプスコンプレックスの克服に失敗すると,無意識の罪悪感が生まれ,そこから免れたり,それを沈静化するために「自己は罰せられなければならない」という願望が生じるので,まさに罰せられるために犯罪を行なってしまうというのである。
アドラーAdler,A.は,フロイトが性欲を重視して理論を構築したのに対して,根源的な欲求は権力への意志であると考えた。そして,その裏返しの存在が劣等感であるとした。彼の理論によれば,非行や犯罪は,劣等感の強い者がその劣等感を過剰に代償的に補償している行為である。
アイヒホルンAichhorn,A.は,ウィーンの非行児収容施設における研究を基に非行の精神分析理論を作り上げ,『手に負えない若者Die Verwahrloste Jugend』(1925)として発表した。彼は,非行者は自我と超自我が現実に適応した形に発達しておらず,その結果としてイドを適切に制御することができなくなっていると考えた。このようにして形成されるのが,潜在的非行性latent delinquencyであり,それが何かのきっかけで顕在化してくるのが実際の非行delinquencyや犯罪である。
フリードランダーFriedlander,K.は,『少年非行への精神分析学的アプローチThe psychoanalytical approach to juvenile delinquency』(1947)の中でアイヒホルンの理論をより洗練した精神分析的非行理論として作り上げた。彼は非行や犯罪は,無意識的・原始的なわれわれの欲求が抑えられなかったり,現実に適応するように変形されずにそのままの形で現われてしまうものであると考え,このような未発達な性格を反社会的性格antisocial characterとよんだ。反社会的性格は,自我や超自我の未発達から生じるが,そのような未発達を生じさせる原因としては,幼少期の母子関係などが重要であると考えた。また,彼は貧困や失業などの社会経済的な悪条件は母子関係に影響を及ぼし,そのため非行化を促進することになると述べている。
ヒーリーHealy,W.は,同じ家族の中で育ちながら,非行に陥った少年と非行に陥らなかった少年を対象にして,遺伝,家庭環境,身体的特性,精神的特性,情動障害,適応性などについて,多角的かつ力動的な観点に基づいて研究を行なった精神医学者である。彼は,非行も他の行動と同じような個人の一般的な自己表現行動の一つであると考えた。そして,内的・外的な妨害要因(圧力)によってそれが遮られたとき,非行が生じると考えた。この状態を彼は情動障害emotional disturbanceとよんだ。内的および外的妨害要因とは,人間関係からくる圧力であって,少年非行の場合には,主として家族関係の中に存在する。これらの圧力は,主観的には愛情が満たされていないという不満や孤独感,喪失感として感じられる。それに対して,権威への反抗や攻撃などの自己拡大行動,規制を無視しての欲求充足,発見され罰せられることにより受罰感情を満足させるための悪事遂行などの表現形式で反応するのである。それは,少年にとっては,適応の一つの方式ではあるが,社会に受け入れられない形であるために,非行とみなされる。
グレーザーGlaser,D.は,サザランドSatherland,E.H.の分化的接触理論の枠組みを基本としながら精神分析的な考えを導入した分化的同一化理論differential identification theoryを提唱した。サザランドが非行は身近な社会的集団との接触によって学習されたものだと考えるのに対して,グレーザーは単なる接触が重要なのではなく,内面化された同一化対象,たとえば憧れの人物がどのような人物であるかによって非行化が決まると考えた。もし,自らの非行を容認してくれるような実在の人物が同一化対象であればその少年は非行化し,非行や犯罪と関係ない人物であれば非行化しないと考えるのである。どのような人物を同一化対象とするかは,その人物の育った環境や人間関係によって決定されるという。
精神分析理論はこのように多くの犯罪性格の理論を作り出してきた。これらの理論はたしかに興味深いものではあるし,さまざまな非行,犯罪現象を説明することができる。しかし,それぞれの理論は必ずしも実証データによって裏づけられているわけではなく,その点が大きな問題点となっている。
【学習理論に基づく犯罪性格論】 アイゼンクEysenck,H.J.は,犯罪行動は学習メカニズムによって条件づけされて形成されたものだと考えた。それゆえ,ある人物が犯罪を行なうか,行なわないかは,その人物が犯罪行動やその抑制を学習する機会があったかということと条件づけのしやすさの個人差によって説明されると考えた。とくに彼が重視したのが古典的条件づけであり,幼少期に,反社会的行動を行なった後の両親などによる強い叱責が子どもにとって反社会行動への恐れの条件づけを生じ,これが犯罪抑制要因になると考えた。彼によれば,内向性は神経系の特徴により条件づけされやすく,外向型はされにくい。それゆえ,外向型の方が反社会的行為を行ないやすいと考えた。また,神経質傾向は条件づけられた習慣的な行動を増強する役割を果たすと考えた。それゆえ,犯罪者には外向的でかつ神経質傾向の高い者が多いことが予測される。しかし,その後の質問紙法を用いた研究で,彼のこの予測を支持する結果はほとんど得られていない。ただし,皮膚電気反射などを使った古典的条件づけの実験においては,犯罪者群と一般対照群では犯罪者群で条件づけされにくいということが重ねて明らかにされており,研究の余地は残っている。
【実証的犯罪性格理論】 精神分析理論や学習理論による犯罪性格研究が理論的な色彩が強いのに対して,多くの非行少年や一般少年の性格を測定し,その違いを明らかにしようとする実証的な犯罪性格研究も数多く行なわれてきた。
シェルドンSheldon,W.H.は,クレッチマーKretschmer,E.の提案した体型と性格の関連についての理論をより洗練させ理論化している。彼は,ぶよぶよして太っている体型を内胚葉型とし,この体型は社交的で,気楽,食べるのが好き,愛情にあふれ,人間を好む内臓緊張気質viscerotoniaの性格と関連しているとした。次にきゃしゃで瘦せている体型を外胚葉型とし,この体型は,引っ込み思案,内気,内向的,自信過剰で人を恐れる頭脳緊張気質cerebrotoniaの性格と関連しているとした。そして,固い筋肉質の体型を中胚葉型とし,活発な身体活動と危険を顧みない傾向,痛みに鈍感で攻撃的,冷淡,無情であるなどの身体緊張気質somatotoniaの性格と関連していると考えた。彼は個々人を内胚葉型の度合い,外胚葉型の度合い,中胚葉型の度合いをそれぞれ7点尺度で表わすソマトタイプsomatotypeを発明した。その後,彼は更生施設の非行少年と大学生のソマトタイプを比較する研究を行ない,大学生が4-4-4の標準的なソマトタイプになるのに対して,非行少年が中胚葉型に偏っていることを明らかにした。つまり,非行少年は筋肉質で身体緊張型の性格特性を示すというのである。
グリュック夫妻Glueck,E.,& Glueck,K.は,犯罪性格,非行性格についての大規模な実証研究を行なった。夫妻は,500名の非行少年と500名の非行のない少年対照群を選び,その性格や生育環境などについて比較検討した。その結果,非行少年はそうでない少年に比べ,気質的には落ち着きがなく,衝動的,外向的,攻撃的,破壊的な特性をもっている。態度においては,敵対的,攻撃的,疑い深く恨み傾向が高く,頑固で,社会に不満をもち,挑戦的,反因襲的で,権威に対し反抗する。心理学的には,象徴的な知的表現よりも直接的かつ具体的表現を好み,計画性に乏しい,などの特徴をもつことを明らかにした。夫妻はまた,この研究結果を基に非行性を予測する非行予測表を作成した。
総合的な性格検査の中で最もよく用いられているテストの一つにミネソタ多面人格目録Minnesota multiphasic personality inventory(MMPI)がある。このMMPIを用いて犯罪者と非犯罪者の性格特性の違いを明らかにする研究が数多く行なわれている。その結果,MMPIの下位尺度である精神病質尺度について,二つの群に違いが生じるということが多くの研究で重ねて明らかにされた。メガジーMegargee,E.I.とボーンBohn,M.J.は,MMPIの結果を基に犯罪者を10種類に類型する方法を考案している。この中には,中程度の暴力やマリファナの使用などの犯罪者を含むAタイプ(Pdすなわち精神病質的偏倚尺度が高い)や,財産犯を示すJタイプ(Ptすなわち精神衰弱尺度,Scすなわち統合失調症尺度,Maすなわち軽躁病尺度がいずれも高い)などがある。彼らは,この分類が行刑上有効であると考えている。
非行少年群や犯罪者群と一般対照群を比較してその違いを抽出しようとする研究は,前記のようにさまざまな結果を明らかにしてきた。しかし,その後の研究も含めて考えると,そこで見いだされた結果は必ずしも安定していつも見いだされるわけではない。そもそも,犯罪は殺人から窃盗,横領などさまざまな形態をもっており,時代や文化にも敏感である。そのため,得られた結果がどれだけ通時代的・通地域的に一般性をもつかが大きな問題である。また,たとえこれらの群になんらかのパーソナリティ特性上の違いが見られても,それと犯罪との因果関係は明らかにならないという問題点をもっている。
【犯罪親和的性格】 犯罪者や非行少年のもつ特有のパーソナリティを明らかにしようとする最近の研究のうち,重要な概念としてセルフコントールとサイコパス傾向がある。
セルフコントロールself-controlは,ゴットフレッドソンGottfredson,M.R.とハーシーHirschi,T.が『犯罪の一般理論A General Theory of Crime』(1990)の中で挙げた特性である。彼らは,セルフコントロールの低さがさまざまなタイプの犯罪に共通する原因となるのではないかと述べている。セルフコントロールが低いというのは,具体的には,欲望や感情を抑えることができない,計画的な行動や生活ができず,刺激やスリルを求める,自分本位で他人のことを思いやったり共感することができない,欲求不満耐性が低いなどの特徴を指す。この特性をもつ人は,統制の取れた計画性のある行動を取ることができず,その場限りの満足を求める。つまり「お金を貯めて物を買う」よりは「欲しいから取る」,「議論が食い違うのでじっくり話し合う」よりは「議論が食い違うので相手をやっつける」といった行動を取る。一方でセルフコントロール能力が高い場合,非行や犯罪を犯さない可能性が高いことも指摘されている。周囲に非行少年の友人が多い場合,セルフコントロールが低い場合には非行率は大きく上昇するが,高い場合にはあまり上昇しない。バズソニーVazsonyi,A.T.らは,オランダ,スイス,アメリカ,ハンガリーで8000人以上の青少年を対象にしてセルフコントロールと犯罪の関係について研究し,いずれも有意な関連があること,さまざまな性格特性の中で,セルフコントロール特性が犯罪と最も大きく関連していることを示している。
サイコパス傾向psychopathyは,ヘアHare,R.D.によって導入された概念で,極度の自己中心性と衝動性,無責任,あさはかな感情,共感性の欠如,罪悪感の欠如,不正直で不誠実などの特徴をもつ人格特性のことをいう。精神病的な症状は見られず,神経質でもない。高い知能をもったサイコパス傾向者は,自信をもった行動や饒舌な態度から表面的にはとても魅力的に見えることがある。半構造化面接によるチェックリストである改訂版ヘア・サイコパシーチェックリスト Hare psychopathy checklist-revised (PCL-R)によって測定される。彼らは,基本的には自分の欲求を実現するために他人のことを顧みることはせず,他人を自分の道具のように扱い,非情であるため,しばしば重大な犯罪を引き起こす。サイコパス傾向者の犯罪は,自らの情動の表出(怒りなどによる衝動的犯罪)は少なく,殺人を手段として用いて何かを行なう道具的な犯罪がほとんどである。サイコパス傾向は,暴力犯罪,暴力犯罪の再犯,刑務所などにおける規律違反などの重要な予測因子となる。サイコパス傾向は,生得的な性格特性だと考えられており,それは生涯持続する。サイコパスの原因としては,神経系の問題が指摘されており,サイコパス傾向者の多くは覚醒度が全般に低く,不快環境を回避する学習に困難がある。
【攻撃性と攻撃行動】 近年の犯罪性格の研究は,性格全体を対象にするのではなく,攻撃性など研究対象をより限定したうえでそれを規定する個人差のメカニズムを明らかにしていくという方向に発展している。攻撃性の個人差を直接測定する尺度として,バス-デューキー敵意インベントリーBuss-Durkee hostility inventoryがある。これは,身体的攻撃,言語的攻撃,間接性攻撃,反抗とネガティビズム,怒り,恨み,猜疑心,罪悪感の八つの下位因子から構成される。この尺度を改訂して短縮した尺度としてバス-ペリー攻撃性尺度Buss-Perry aggression questionnaireがある。これは身体的攻撃,言語的攻撃,短気,敵意の四つの下位因子から構成される。
攻撃性に影響を与える要因にはいくつかのものがある。敵意的帰属バイアスhostile attributional styleは,知覚した出来事を解釈する場合に,他人は自分に対して,敵意をもって行動しているのだと解釈してしまいやすい認知の偏りのことである。とくに状況が曖昧な場合にこの効果が現われやすい。もちろん,このバイアスが大きいと攻撃性が増加する。情動的感受性emotional susceptibilityは,不快,無力感,感傷などのネガティブな感情を感じやすい傾向を指す。とくに短気irritabilityは,ささいな意見の食い違いや挑発などに対して感情的に反発する傾向の個人差であり,いずれも攻撃性を促進する。自己愛傾向narcissistic personalityは,自分は人よりも優れていて,特別で偉大な存在であると考える傾向のことである。現実の自分の姿と適合しない高すぎる自尊感情self-esteemもほぼ類似した概念である。これらの傾向が高いと自分を敬わなかったり特別扱いしなかったり,軽く見るなどの他人に対して攻撃的に反応しやすい。バウマイスターBaumeister,R.F.は,とくに「侮辱されたナルシスト」状態で,最も攻撃性が高まると述べている。ねたみenvyは他人がもっているものをほしがったり,自分にないものを他人がもつことに対して不満をもつ場合の感情である。ねたみと攻撃性の間には強い関係がある。恥shameと罪悪感guiltは,きっかけとなるネガティブな行為をしてしまった後で体験する感情であり,そのようなことをしてしまった自分自身に関心を向け状況回避的な行動を動機づけるのが恥で,状況に関心を向け問題解決的な行動を動機づけるのが罪悪感である。一見類似した感情のように感じられるが,罪悪感は攻撃性とあまり関係せず,恥が攻撃性を増加させることが指摘されている。敵意的反芻傾向hostile ruminationは,怒りが生じたとき,そのきっかけとなった出来事を頭の中で何回も何回も反芻して考えるために,怒りを長期間にわたって保持してしまう傾向のことであり,やはり攻撃性を増加させる。衝動性impulsivityは,自分の感情を制御できず,怒りなどの感情を行動に出してしまう傾向のことである。 →自己愛傾向 →自尊感情 →性格検査 →犯罪 →犯罪心理学 →非行
〔越智 啓太〕
出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報