日本大百科全書(ニッポニカ) 「現代演劇協会」の意味・わかりやすい解説
現代演劇協会
げんだいえんげききょうかい
芸術団体名。家族主義的、温室的な文学座のあり方に不満をもった芥川比呂志(あくたがわひろし)、小池朝雄(あさお)、高橋昌也(まさや)、岸田今日子(きょうこ)ら中堅俳優約30名が福田恆存(つねあり)を中心にして、1963年(昭和38)1月に文学座を脱退して結成。協会の傘下劇団として「雲」を創設し、3月にシェークスピア作『夏の夜の夢』で旗揚げした。66年12月には鳳八千代(おおとりやちよ)らを迎えて兄弟劇団「欅(けやき)」をつくり、幅広い演劇活動を目ざした。しかし福田と芥川の対立が表面化して、「雲」に所属していた高橋、岸田ら49名が芥川を代表に演劇集団「円(えん)」を75年8月に結成、翌年別役実(べつやくみのる)作『壊れた風景』で旗揚げした。81年の芥川の死後は中村伸郎(のぶお)を代表に公演活動を続け、91年(平成3)の中村の死後は仲谷昇(なかやのぼる)が代表になった。現在の代表は橋爪功(はしづめいさお)。一方、協会側は「雲」と「欅」を解散して「昴(すばる)」を結成、76年(昭和51)1月のカミュ作『カリギュラ』で新出発した。79年のラティガン作『海は深く青く』でわが国の現代演劇として最初の訪韓公演をもって以来、積極的に国際交流を図っている。なお、74年2月には協会の拠点「三百人劇場」を東京都文京区本駒込(ほんこまごめ)に完成させた。また、初代の理事長であった福田恆存は88年に会長になり、同時に次男の福田逸(はやる)が理事長に就任した。なお、福田恆存は94年(平成6)に死去した。
[大笹吉雄]