生態学的制約(読み)せいたいがくてきせいやく(その他表記)ecological constraint

最新 心理学事典 「生態学的制約」の解説

せいたいがくてきせいやく
生態学的制約
ecological constraint

生物の行動を規定する環境内の制約のこと。ヒトを含むすべての動物の行動を生息環境との相互作用からとらえる生態学発想に基づく。

 生物により知覚される世界は環境との相互作用により適応的な制約を受ける。この制約を生態光学的制約constraints of ecological opticsという。すべての動物が環境との関係において,それぞれに種特有の知覚世界をもつという考えは,およそユクスキュルUexküll,J.J.B.vonに始まる。その考えは,従来の人間中心主義や動物機械論的な説明とは対立するものであった。1934年の著作『生物から見た世界』でユクスキュルは環境世界論の中で主体としての動物が知覚し作用する環境の総体を環世界Umweltと表現し,物理的な環境世界と区別した。一方,心理学の領域において,ブルンスウィックBrunswik,E.やギブソンGibson,J.J.は,環境知覚の重要性を強調した。ブルンスウィックは,環境と知覚される世界の間の確率論的な関係を指摘し,ヒトが網膜像から何を手がかりにし,重点をおくかは,生態学的妥当性ecological validityや経験に基づく対象同士の確率的関係によって決まるという確率的機能主義を提唱した。ギブソンの生態心理学の基本的な発想も,動物と環境の相互作用から生まれた。ギブソンは,動物との関係において意味をなす環境の特性をアフォーダンスaffordanceとして定義した。このように,動物と環境の相互作用を重視する考えから生まれた生態光学的制約という概念は,近年では認知科学にも影響を与え,比較認知科学や進化心理学などの学際領域に発展している。

 動物にはそれぞれの種に特有の生存のためのしくみが生得的に備わっており,そのような生得的傾向が学習を規定することを,学習における生物学的制約biological constraint on learningという。この考えが生まれるきっかけに,味覚嫌悪学習taste aversion learningの現象が挙げられる。ガルシアGarcia,J.らは,ラット特定の味のする溶液(味覚溶液)と視聴覚刺激とを同時に与えた後,不快感または電気ショックを嫌悪刺激として与えると,不快感を経験したラットは視聴覚刺激よりも味覚溶液を忌避するようになることを示した。一方,電気ショックを経験したラットは味覚溶液よりも視聴覚刺激を忌避するようになった。この結果は,味覚と不快感に対して選択的に連合が成立すること(選択的連合),少ない回数でも連合が形成されること,必ずしも時間的に接近していなくても成立すること,いったん形成された連合を消去するのは困難なこと,の4点で従来の学習原理の一般性と矛盾していた。これらの味覚嫌悪学習の特徴から,それぞれの動物は生存する環境への適応を通して種に特有な学習の枠組みを備えているという考えが生まれた。また,セリグマンSeligman,M.E.P.は,ヒトの恐怖症において,対象となりやすいものとなりにくいものがあることを例に挙げ,刺激の連合のしやすさは,それぞれの種において生得的に決定されているとする学習に対する準備性preparedness on learningの考えを提唱した。このような学習に対する生物学的制約は,生物がそれぞれの環境に適応するうえで重要な役割を果たしているといえる。 →生態心理学
〔伊村 知子〕

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