生態学(読み)セイタイガク(英語表記)ecology

翻訳|ecology

デジタル大辞泉 「生態学」の意味・読み・例文・類語

せいたい‐がく【生態学】

生物と環境との関係、個体間の相互関係、エネルギー循環など、生物の生活に関する科学。動物生態学・植物生態学個体群生態学群集生態学などに分かれる。エコロジー

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精選版 日本国語大辞典 「生態学」の意味・読み・例文・類語

せいたい‐がく【生態学】

  1. 〘 名詞 〙 生物と環境の相互作用を研究する生物学の一分野。研究対象によって植物生態学・動物生態学に、また、個体群生態学・群集生態学などに分けられる。エコロジー。〔現代文化百科事典(1937)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「生態学」の意味・わかりやすい解説

生態学 (せいたいがく)
ecology

エコロジーともいう。生物学の一分野であるが,どのような範囲を指すかは研究者によって異なり,定義は一定しない。このことばを最もすなおに受け取れば,生物の生態を対象とする分野ということになるが,この生態ということばそのものがかなり多義的であるうえに,一方では生態に含めるのがふつうな内容(例えば行動や習性)を生態学に含めない場合がしばしばあるのに対し,一方では生態にふつうは含めないような内容(例えば生態系の物質循環)がかなりの研究者によって生態学に含められているからである。

そもそも生態ということばはそれ自体が生態学ということばと同時に造られたもののように思われる。生態学ということばは1895年に東京大学理科大学教授三好学(1861-1939)によって造られた。その年ドイツ留学から帰って教授に任じられたばかりの三好は,当時のヨーロッパの植物学を紹介する小冊子を著し,その中で植物学には植物生理学,植物形態学,植物分類学,植物生態学の4区分があるとし,Pflanzenbiologieの訳語として植物生態学なることばを造ったと記した。ここでの原語がBiologieであることは興味深い。当時Biologieの内容がどう考えられていたかは,1893年に理科大学動物学科大学院学生だった五島清太郎(1867-1935。後に東京帝国大学教授)が著した動物学の教科書に,Biologieは〈動物の習性および動物と外界または他の生物との関係を論ずる学〉とあるところから理解できよう。彼はBiologieを生計学と訳していたが,この訳語はその後使われていない(もちろん三好も五島もBiologieが別に生物学という意味で使われていたことはよく知っていた)。

 当時ドイツではこの意味のBiologieとほぼ同じ意味に使われていたことばがもう一つあった。それはE.H.ヘッケルが1866年に造ったÖkologieであった。彼はC.ダーウィンの影響の下に動物学の体系化を企てたが,その中において,従来の生理学や形態学その他の分野のほかに,〈動物の無機環境に対する関係および他の生物に対する関係,とくに同所に住む動物や植物に対する友好的または敵対的な関係〉を研究する分野を認める必要があることを述べ,その分野にÖkologieと命名した。このことばを英語化したものがecologyである。このヘッケルの定義には,五島のBiologie(狭義の)の定義の最初にある〈動物の習性〉が欠けており,雌雄・親子の関係はÖkologieには含まれないという意味をもっていたようである。なおこのうえに,そのころ,Biologieとひじょうに近い意味をもち,それよりもっと〈習性〉に近い意味のことばとして,1859年にフランスのI.ジョフロア・サン・ティレール(1805-61)が用いたéthologieがあった。

 かくして,19世紀末から20世紀初頭にかけて,新しい生物の分野を指す三つのことばがあったわけであるが,それらは互いに混同されていた。そして,それをもとにして作られた邦訳語にも混乱があったのは当然であった。現在ではbiologyは生物学で,ethologyは動物行動学という用法が,英語でも日本語でもほぼ定着したかに見え,したがってecologyは生態学ということになってきた。ただし,今日でもecologyとbiologyは(フランスではéthologieも)生態の意味に用いられることがよくある。

 ところで,このようなことばが使われるようになった背景には,19世紀までの生物学の主流であった形態学,生理学,博物学(分類学)におさまりきれない研究領域が台頭してきたという事実があった。ヘッケルは,このような分野を生態学と名付けたのである。だから,Ökologieはいわば〈雑領域〉であって,ヘッケルのその定義には苦しまぎれのへ理屈という面がある。ヘッケルの視野にあったのは,生理現象が無機環境によってどう影響されるかという研究(彼はこれが生理学に入るとは考えなかった)と,C.ダーウィンが《種の起原》のとくに第3章で生存闘争を論じたときにまとめた博物学的研究の二つがおもな研究対象であり,彼はこの二つを〈関係〉ということばでうまくつなげて定義したのであった。

19世紀後半から20世紀前半にかけてこの〈雑領域〉は大きく発展し,その間に,この領域に含められていた動物行動学や動物社会学が別の系譜を経て,ある意味では独立した。また,ヘッケルの視野になかった新しい研究分野も次々に生まれた。そのうち,19世紀後半の最も大きな発展は群集(生物群集)概念の形成であったが,それは二つのルーツをもっていた。一つは同一地域に住んでいる多種の動物の間の,また動物と植物の間の相互関係の研究であって,その背景には自然界の調和という古くからの観念があり,C.ダーウィンが〈自然の理法〉とか〈生命の網目〉とかいうことばで表現していた博物学の知見があった。もう一つは植物の示す景観が地域によって異なることの認識から始まった植物群落についての,19世紀末に急速に発展した研究であった。群集とは何かという点については今でも論議がたえないが,多種の動植物が複雑な関係をもちつつ同一地域に住んでいることと,それが地域によって異なることとは,そのころからはっきりと認識されるようになってきた。この認識は生物についてそれまでは漠然としか考えられていなかったまったく新しい見方をもたらした。それまでは個々の種またはその代表としての個体しか見ていなかったといえるからである。植物群落については,その後まもなく,群落の自律的な時間的変化が注目され,この現象は遷移と呼ばれて新しい研究対象となった。そして群落を個体に対比して,群落の構造,群落の機能,群落の分類が研究されるべきであるとされ,群集生態学が提唱された。やがて,このような分野をヘッケルの定義した生態学と同じと見ることについて異論が出はじめ,生態学を〈生物集団を対象とする科学〉として定義し直した研究者もあったが,広く受け入れられるに至らなかった。

 20世紀前半は比較的沈滞した時代であったが,その中で20世紀後半の隆盛を準備する概念が徐々に形成されていった。群集についてはもっぱら植物群落の分類と遷移の研究が行われていたが,C.S.エルトンは動物群集内の相互関係を食物関係を中心に分析し,食物連鎖,食物網,基幹産業動物,生態的地位,個体数ピラミッドといった概念を用いて,群集の構造と機能とでもいえるものをみごとに具体化してみせた(1927)。その影響は大きかったが,直接の効果はただちには生じなかった。エルトンの分析には,二つの側面があった。(1)群集を構成する要素は種であって個体ではないことを明らかにして,種個体群の追求に目を向けさせたこと,(2)種を類型化することによって大小の生活型グループとして把握し,群集の理解を容易にしたことである。この2側面はそれぞれの後継ぎを思いがけないところに見いだした。

 湖沼学(のちに陸水学となる)はすでに19世紀に成立していたが,そこでは湖沼中の物質循環の問題と湖沼生物の生態の追求が並行して進められていた。その中から有機化合物や無機塩類の循環における生物の役割が注目され,湖沼生物を生産者,消費者,分解者(還元者)に類型化することが20世紀初めころから行われた。これをエルトンの(2)の側面と結びつけ,物質とエネルギーの流れを群集の機能と見る立場が1940年代に入って成立する。湖沼という閉鎖的な環境では,そこの生物群集を一つのまとまりをもった系と見ることは容易であり,水中の物質との連関も初めから意識されていて,そこには遷移についての論議から生まれていた生態系という概念をより具体的に示すものとして受け入れる素地が十分にできていた。そして1950年代に入ってから生態系はおおいにもてはやされることになる。そして陸上群集へも逆輸入され,群集は物質系としての生態系の生物部分であるとする見方へと発展するが,これは地球上の物質循環を主題とする地球化学にむしろ近いものである。なお,この湖沼学などから,有機物生産を指標として,生物の生態を明らかにしようとする生産生態学も1950年ころから生じたが,これは生態系の研究とはまったく別のアプローチである。

エルトンの(1)の側面は,これも19世紀からすでに存在していた人口学,害虫学,水産学での個体数の研究に引き継がれることになったが,その発展は1920年代に始まり,群集の研究とはまったく別個に進んだ。そこでは,害虫の抑圧または有用魚の増殖という課題からして,初めから個々の種の個体数が対象であった。その発展のきっかけはA.J.ロトカ(1925)とV.ボルテラ(1926)の数理モデルの提出とG.F.ガウゼ(1934)の実験的研究で,そのころからこれは個体群生態学と呼ばれるようになった。動物の個体数は生まれれば増え死ねば減る。それが変化せずに維持されたり,大きく増減したりするのはどうしてだろう。この問題は,種の地理分布の問題とともに,最初は動物体と無機環境との関係で主として追究され,次いで食物と敵との関係で考察された。それは,この限りでは,動物と環境および他の生物との関係の研究というヘッケルの定義に合致するものであって,おそらく,それ故に生態学の名で呼ばれるようになったのであろう。しかし,個体数が対象であれば,気温が上がりすぎると死ぬとか,寒くなると繁殖しないとかではなく,死亡率,出生率が問題であり,また餌動物の個体数や捕食動物の個体数との関係が問題である。したがってここでは,ヘッケルの定義の〈動物〉を個体と個体群(または種)の二重の意味にとるか,定義を書き換えるかする必要がある。この個体群生態学はその後,捕食者と被捕食者の関係(捕食関係)と生活資源をめぐっての競合関係とを中心として1940年前後から急速に発展するが,この二つの関係も個体間の関係ではなくて,個体群間(種間)の関係である。そしてそれは,個体数の科学ではなくて,個体数を指標とした種の維持と種間の相互関係の科学とでもいえる性格を強くもつようになってきた。この種間の相互関係を生態的地位の概念を中心として考察していく研究が1960年ころから生まれてきたが,それはエルトンの群集研究に連なるものでもあって,したがって,そこには群集の科学とでもいえる性格もあることになる(こうなってくると,ヘッケルの定義はますます適用しにくくなる)。

ところで,個体数の増加は出生の問題であり種内の問題であるし,捕食による死亡の問題は種間の問題であるが,その下には繁殖習性や繁殖行動,食性,摂食行動,対敵行動などの習性や行動の問題がある。それらは種によってそれぞれに異なっている。だからこそ,群集の中に複雑な種間の相互関係があるのだと一方ではいえるが,一方ではそれぞれの種はなぜそれぞれに異なっているのだろうということも問題である。この問題も1960年ころから主として個体群生態学の延長上に追求されるようになり,進化生態学とか行動生態学とか呼ばれてきた。このアプローチを社会行動にまでさらに延長したのが社会生物学であるといえよう。これはもう生態学ではなくて,生態学と行動学と進化学の境界に生まれた新しい科学だというべきかもしれない。それとも,一時は生態の研究でなくなった生態学が,ここで本来の生態の学に戻ったというべきなのかもしれない。またこれは,分類学とともに種の科学と呼ばれるべきなのかもしれない。なぜなら,生態学の中心は,生物個体が必ずなんらかの種に属するものであり,種は必ず地域的な生物群集の中にあるという認識を獲得してきたことにあるし,そのうえに生物のあり方を考察することにあるからである。

 1970年代からエコロジーということばはもう一つ違った意味にも使われ始めた。それはフランスを中心に起こったエコロジー運動という社会運動または政治運動に関してである。そこでの理念の基礎に生態学,ことに生態系の概念がかかわっていることは確かだが,学問としての生態学とは別のものである。
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最新 心理学事典 「生態学」の解説

せいたいがく
生態学
ecology

生物の生活や生物同士の関係,生物と環境との相互作用を扱う生物学の一分野。英語,フランス語,ドイツ語ともに,エコロジーということばはギリシア語のoikos(家,家計)とlogos(論理,学問)を組み合わせたものを語源としている。つまり,生物の生活,生き方に関する学問という意味をもつため,生態ecologyということばは,生物の生態学的特徴という意味で使われることもあるが,単にその生物の生き方という意味で使われることもある。非常に多様で幅広い現象を扱う分野で,主に対象とする生物現象のレベルによって,生物の個体レベルの現象を扱う個生態学autecology,autoecologyや個体群を扱う個体群生態学population ecology,種を扱う種生態学species ecology,群集を扱う群集生態学community ecology,生態系を扱う生態系生態学ecosystem ecologyに分けられる。また,対象とする生物や環境,手法,視点によって,動物生態学animal ecologyや植物生態学plant ecology,森林生態学forest ecologyや海洋生態学marine ecology,化学生態学chemical ecology,進化生態学evolutionary ecology,保全生態学conservation ecologyなどに細分される。

【生態系ecosystem】 一定の空間に生息するすべての生物と,それらを取り巻く無機的環境の総体を,一つの系system,つまり相互に作用する多くの要素が集まった一つのまとまりとしてとらえた生態学の概念である。たとえば湖や沼には,魚やプランクトン,水草,湖底の微生物などさまざまな生物が生息しており,生産者・消費者・分解者として互いに影響を及ぼし合って生きているだけでなく,湖の水や湖底の堆積物,大気などの無機的環境とも相互作用している。水中のミネラルを利用して植物プランクトンが増殖し,それを食べる魚などの動物の排泄物や死体が微生物に分解されて水質や堆積物に影響する,といった相互作用である。とくに物質循環やエネルギーの流れに着目すると,たとえば湖は,そこに生息する生物だけでなく,水や堆積物などの無機的要素も含めて,ひとまとまりの系,湖沼生態系lake ecosystemとしてとらえることができる。生態系は,小さな水たまりから湖沼,河川,海洋,森林,草原,砂漠,果ては地球全体まで,さまざまな環境や空間レベルで考えることができる。

【生物群集biotic community】 生態学では,生態系に含まれる生物的要素の全体,つまり生態系の生物部分を示すことば。単に群集communityとよぶ場合もある。社会一般では,生態学的には生物群集とよぶべき対象を生態系とよんでいる例がよく見受けられるが,誤用である。生態系は生物的要素だけでなく非生物的要素も含んだ系だからである。一般に,生物群集には多様な関係で結ばれたさまざまな生物が含まれ,互いに影響を及ぼし合っている。群集内の生物同士の関係(種間関係)は非常に多様であるが,主な関係としては以下のものがある。⑴捕食predation:食う食われる関係,⑵競争competition:同一の資源(食物や空間など)を奪い合う関係,⑶共生symbiosis:互いに依存し合って生きる関係,である。とくに生態系内での物質循環やエネルギーの流れを理解するには,群集内の捕食関係を分析する必要がある。生物間での物質やエネルギーの受け渡しは捕食関係によって生じるからである。植物プランクトンを動物プランクトンが食べ,動物プランクトンをイワシが食べるといった,食う食われる関係の連鎖は食物連鎖food chainとよばれる。しかし実際の生物群集内での捕食関係はもっと複雑で,AはBにもCにもDにも食べられ,BはCとDに,CとDはEに食べられるというように,まっすぐな鎖状ではなく網目状の関係になることが多いため,最近では食物網food webということばが使われるようになった。生物は食物に含まれる生物活動に有用な物質を選択的に取り込み,有害な物質を選択的に排出する。したがって,有用な元素に似た危険な放射性核種や,排出の困難なPCBなどの有害人工化合物が環境に放出されると,食物連鎖の上位に位置する生物に濃縮される生物濃縮biological accumulationという現象が生じることが知られている。ニホンイタチとチョウセンイタチ,カントウタンポポとセイヨウタンポポのように,よく似た生き方をする生物は,さまざまな同じ資源を奪い合う激しい競争関係にあるため,互いに排除し合い長期間同じ場所に共存することができないことが多いことが知られている(競争排除則competitive exclusion principle)。その結果,同じ生態系に共存する,よく似た生き方の複数の生物種が,それぞれ少しずつ異なる生息場所に分かれて分布するすみわけhabitat segregationとよばれる現象が生じる。

 生態系を構成する生物的要素と非生物的要素の相互作用によって生じる現象の一例に,生態遷移ecological successionまたは遷移successionとよばれる現象がある。たとえば,火山噴火で植性が完全に破壊され,溶岩に覆われた完全な裸地となった場所にも,時間がたてば,まず岩の表面に地衣類やコケ類が生え,次には草本や木本が侵入して,数十年後には草原が,数百年後には森林が成立しさまざまな動物も生息できるようになる。このような生物群集の変化は単に環境の変化に応じて生じたものではない。初期の植物が岩石を風化させて土壌を形成し,環境を草本や木本が生育可能なものに変えたように,生物が自らの活動によって環境を変え(環境形成作用),さらに,その環境変化が生物群集を変化させた結果である。生態遷移は,このような生物と環境の相互作用によって進行する。陸上植生の生態遷移では,その地域の気候や地質条件などで決まる安定な植生である極相climaxに向かって変化する。たとえば日本の関東以西の低地では,スダジイやタブなどの照葉樹が優占する常緑広葉樹林が,東北地方の山地帯ではブナが優占する落葉広葉樹林がそれぞれ極相であり,植性が破壊されても数百年たてば極相林が回復する。その地域の極相に相当する植生を原植生original vegetationとよぶこともある。

【生物多様性biodiversity】 生物学的多様性biological diversityから作られた造語。生物には,種の多様性diversity of the species,同種内の遺伝的変異の多様性,生態系の多様性など,さまざまなレベルの多様性がある。また,各レベルの多様性にも多くの側面があるため,生物学的多様性はさまざまに定義されているが,1993年発効の生物多様性条約では「すべての生物(陸上生態系,海洋その他の水界生態系,これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし,種内の多様性,種間の多様性及び生態系の多様性を含む」と定義されている。現在,多くの科学者が地球環境保全の観点から危惧している「生物多様性の危機」とは,「種の多様性」の急激な喪失,つまり世界各地で多くの生物種がかつてないほどの速度で絶滅しつつある状況を指している。このような種の多様性の危機に対処するため,野生生物の絶滅を食い止める野生生物保全wildlife conservationが世界各地のさまざまな生態系で急務となっている。

 種の絶滅の大きな原因には,熱帯雨林の減少に代表される人間による生息地破壊,ブラックバスブルーギルに代表される外来生物の侵入などがある。地球表面積のわずか約7%しかない熱帯雨林には,地球上の生物種の50%以上が生息するといわれ,その破壊は膨大な数の生物種の絶滅を引き起こしている。また,北米から日本に持ち込まれた強力な魚食性淡水魚であるブラックバスやブルーギルは,タナゴなどの在来魚種の減少など,強力な魚食性魚のいなかった日本の淡水生態系に大きな影響を与えている。 →行動生態学 →生態心理学
〔幸島 司郎〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「生態学」の意味・わかりやすい解説

生態学
せいたいがく
ecology

生物の生活――自然界において生物が自己の維持と増殖を図る過程――を研究する生物学の一分科。おもな研究課題は、われわれが直観的に認める生物的自然の平衡(バランス)の実態と機構を、生物のもつ爆発的な増殖力、および、生物が環境と織り成す多様な関係と関連づけて解明することである。生態学は、ドイツのE・H・ヘッケルにより「生物と無機的環境および共に生活する他の生物との関係を研究する学問」と造語・定義された(1869)が、「自然の構造と機能の研究」「生物の分布と数の研究」「(動物の)社会学および経済学」という定義が用いられることもある。生態学という日本語は三好学(みよしまなぶ)によりBiologie(自然誌)の訳語としてつくられた(1895)。

 生態学は、同一種の生物集団を研究対象とする個体群生態学と、同一地域でともに生活する複数種の生物集団を扱う群集生態学に大別される。ただし、生物の生活は多様であるため、対象生物によって、動物・植物・微生物・人間生態学などに、あるいは対象場所により海洋・湖沼・河川・森林・草原・都市生態学などに分けられることもある。また、研究の観点、方法の違いにより、植物社会学・社会生物学(行動生態学)・進化生態学・生態系生態学なども成立する。エコロジーとよばれるものは、普通、人間生態学をさす。

[安部琢哉]

個体群生態学

生物は自己維持に必要なエネルギーや栄養物質の取り込みを、普通、個体を単位として行う。ところが、生物の多くは有性生殖をするので、自己増殖には異性の個体が必要であり、生物が自己の維持と増殖を図る生活の基本単位は、交配が実際に行われる同種個体の集まり、つまり個体群である。ただし、この交配集団を野外で限定するのは困難な場合が多いため、限られた空間内の同種個体の集団を便宜的に個体群とよぶことが多い。個体群生態学は、害虫の防除や発生予察の分野でおもに研究が進展したこともあって、個体群を構成する個体の数の多さの時間的・空間的な変動の実態と個体数調節の機構の解明をその主たる課題とし、個体を等質なものとして扱う傾向が強かった。しかし、近年になって、個体間の遺伝的な違いを考慮にいれ、それぞれの個体は形態的、生理的、あるいは環境からの制約のもとで、自己のもつ遺伝子を次世代以降に結果として最大限に残すようふるまうであろうとの観点にたち、個体(個)が個体群(全体)に、生活に必要な資源の配分や繁殖活動を介して、どのようにかかわるかといった問題も、個体群生態学の重要な研究課題とされるようになった。

[安部琢哉]

群集生態学

地球上に現存する100万種を超す生物は、多様な生物的あるいは無機的環境のなかで個別にすみ場(生息場所)を選んでいるが、その生活空間には多少とも規則的な重複が種間にみられる。生活空間を共有するこれらの生物は栄養物質・エネルギー・隠れ場などの生活に必要な資源の供給や取得をめぐって互いに直接・間接の相互依存、協調あるいは制約の関係を成立させている。また、これらの生物の生活を支えるエネルギー源のほとんどは究極的には太陽エネルギーであり、栄養物質は無機的環境から取り込まれたものであり、生物と無機的環境は物質の循環とエネルギーの流れを介して一つの系(システム)、生態系(エコシステム)を形成する。このような一定地域で生活をともにするすべての生物の集まりは群集(あるいは生物群集)とよばれ、群集の構造と機能およびそれらの時間的・空間的変化の実態を無機的環境と関連づけて研究するのが群集生態学である。群集は種組成、種の多様性、食物連鎖、栄養段階構造、生態遷移(サクセッション)、エネルギーの固定率や転移率などの個体群にない構造や属性をもち、これらが群集生態学の主要な研究課題となる。

[安部琢哉]

生態学の歴史

生物の生活の記述は、アリストテレスに代表されるギリシア時代の哲学者によって始められ、ルネサンス以後、質・量ともに豊かになり、フンボルトやビュフォンに代表される博物学(自然誌)として結実した。『種の起原』を1859年に書いたダーウィンは、生物の多様さとその多様さに内在する類似性を自然選択と生存闘争によって説明し、自然の経済のなかで生物の生活を分析する生態学の基礎を築いた。

 ダーウィンによって大枠がつくられ、ヘッケルによって名づけられた生態学は、適応・進化の扱い、無機的環境に対する生物の主体性、個体群・群集における平衡あるいは調節作用の有無といった問題をめぐり、論争を繰り返しながら発展した。19世紀後半には、個々の適応的現象を目的論的に解釈する適応生態学が栄えた。その後、適応・進化の問題を生態学から外して、無機的環境の諸要因が生物に及ぼす影響を個体の生理と直接に結び付けて研究する傾向が強くなった。この環境決定論的な見方に反発してエルトンは『動物生態学』(1927)を著し、動物の経済学・社会学として動物生態学をとらえ、食物関係を軸に群集を分析するとともに、個体群の維持機構を追究した。エルトンの著作およびこれに先だって書かれたバーミングJ. E. B. Warming(1841―1924)による『植物生態学』(1895)によって現代生態学が成立したと考えられている。

 1930年以降、個体群生態学は農林業の害虫や水産生物の個体数変動の機構の解明に大きな成果をあげ、害虫の総合防除や漁業資源の合理的な維持管理への道を開いた。また、群集生態学の分野では、自然を生物と環境間の相互関係の集積からなるシステムととらえる生態系生態学が誕生し、1970年代に入って人類による環境破壊の激化とともに、人類と環境とのかかわりを扱う環境科学あるいはエコロジーの側面も強くもつようになった。これらは土地利用計画、自然保護に科学的根拠を与えるとともに、公害に反対する住民運動に一つの哲学的な基礎を提供した。これらとは別に、1960年以降、集団遺伝学・行動学の成果を生態学に導入して、進化・適応の問題を再度扱おうとする、進化生態学、社会生物学が台頭し、これらは社会科学の分野にも大きな影響を及ぼしつつある。

[安部琢哉]

『C・S・エルトン著、渋谷寿夫訳『動物の生態学』(1955・科学新興社)』『E・P・オダム著、三島次郎訳『生態学の基礎』原書第三版・全二巻(1974・培風館)』『伊藤嘉昭著『動物生態学』上下(1976・古今書院)』『R・H・ホイッタカー著、宝月欣二訳『生態学概説 生物群集と生態系』第二版(1978・培風館)』『沼田眞編『生態学読本』(1982・東洋経済新報社)』『E・O・ウィルソン著、伊藤嘉昭監修『社会生物学』全五冊(1984・思索社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「生態学」の意味・わかりやすい解説

生態学
せいたいがく
ecology

生物と生物,生物と環境との関係を究明する学問分野。エコロジー ecologyという英語は,有機体とその環境の間の諸関係の学という意味で,家庭を表すギリシア語「オイコス」oikosからドイツの進化論者エルンスト・ヘッケルが 1869年に造語したエコロギーということばに由来する。エコロジーには,地球を守ろうとする姿勢を表す環境保護主義としての側面と,自然のなかにおける人間と他の生物の関係を示す哲学としての側面も含まれるが,これらは環境保全の意味合いが強く,科学としての生態学とは厳密に区別する見方もある。(→エコロジー
科学としての生態学が生物学の一分野として認められるようになったのは 1900年頃からで,最初は対象とする生物によって動物生態学と植物生態学に明確に分かれていた。初期の学者のなかには,生態学は学問ではなくそのための方法と考える者も少なくなかった。1916年にアメリカ合衆国のフレデリック・エドワード・クレメンツが遷移理論を提唱(→遷移),1927年にはビクター・エルンスト・シェルフォードとともにバイオーム(生物群集あるいは生物群系)という概念を発表した。その後イギリスのチャールズ・エルトンによって生物群集である種が占めている場所をさす生態的地位(→ニッチ)という概念や,食物連鎖による個体数の調節が示された。1935年にはイギリスのアーサー・ジョージ・タンズリー生態系の概念を提唱。この考えは一つの生態系内での各生物群集の機能的側面に注目し,生物を生産者消費者分解者に分けてそれらの間で物質やエネルギーの流れを解析する方法に発展した。こうして生態学が統一された学問分野として形成されるために必要な基本的学説が確立されていったが,その後生態学は細分化の傾向が強まり,本来の全体論的な性格を失い始めた。
1960年代後半にいたって環境破壊が顕在化し,公害,人口増加,食料危機,エネルギー問題などが一般の注目を浴びるようになると,環境保護論者たちが積極的に発言し始め,自然のバランスや安定性を保つための多様性の重視,極相にいたる生態変遷の原理,全体は部分を集めたもの以上のものであるという全体論的原理など,生態学の基本原理が再評価されるようになった。1970年代以前の生態学は,まだ生物学の一分野と考えられていたが,それ以降は自然科学と社会科学をつなぐ新しい総合領域とみなされるようになり,独立した講座を置く大学もみられるようになった。生態学の範囲が拡大する一方で,生態学の進化的アプローチと呼ばれる新しいアプローチも試みられるようになり,個体やがどのように互いに関係し,資源を利用するかについての研究が行なわれるようになった。ポール・エーリックは 1965年,群集進化の一つの形態として,種間の遺伝情報の交換がない生物間での進化的な相互作用を共進化と呼び,また物理化学者のジェームズ・ラブロックと微生物学者のリン・マーグリスは 1979年,地球を一つの大きな生命体とみる地球ガイア仮説を説いたが,こうした考え方は生態学が失いかけていた全体論的な視点の復活に寄与した。
環境保護的側面や哲学的側面から生態学をとらえる考え方としては,ノルウェーの哲学者アルネ・ネスが 1970年代初頭に説いたシャロー・エコロジー(浅い生態学)とディープ・エコロジー(深い生態学)の区分がある。シャロー・エコロジーは現代の工業社会の支配原理を疑わず,人間中心主義,機械論,経済至上主義をとるのに対して,ディープ・エコロジーは生物種は平等と考え,全体論的な物の見方をとり,経済問題は生態学的問題に従属すべきものと考える。ディープ・エコロジーの運動は,その後,ビル・ディボール,ジョージ・セッションズ,ワーウィック・フォックスらによって発展した。彼らは,環境を資源と考えるような自然保護論者,環境保護論者,生態学者を「浅い」と批判している。生態学がもつ全体論的な性格は相互依存の考え方を生み,それが哲学や神学者の一部に影響を与え,環境倫理学の土台を築くのに役立ったことも確かである。たとえば,アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの自然哲学には生態学の相互依存の考え方の影響がみられる。

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百科事典マイペディア 「生態学」の意味・わかりやすい解説

生態学【せいたいがく】

エコロジーecologyとも。ヘッケルの造語で,〈生態学〉の訳は三好学による。生物の生活を,環境条件との関連の下に研究する学問分野。個体を対象とした生態学は動物行動学や,動物社会学が扱う領域となり,生態学は,久しく群集生態学と個体群生態学が主流であった。群集生態学では遷移食物連鎖生態的地位などの概念を介して,生物群集の構造と機能が解析され,また生態系の概念を,物質およびエネルギーの流れによって裏づけた。個体群生態学は捕食者と被捕食者の関係などを中心とした個体群の動態を数学的手法を用いて解析することに力を注いだ。1960年ころから世界的に台頭しはじめた行動生態学(進化生態学,あるいは社会生物学)は,行動や社会も含めて,群集や生態系を形作る生物間の関係を進化的な観点から総合する試みである。
→関連項目環境科学行動科学生物学

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知恵蔵 「生態学」の解説

生態学

生物相互の関係や、生物と環境の関係を解明する生物学の一分野。主要な分野として、個体数の変動や分布の変化を扱う個体群生態学、多数の種の相互依存関係を明らかにする生態系生態学や群集生態学、進化的な側面に注目する進化生態学や行動生態学などがある。進化生態学はヒトにも適用されて進化心理学が生まれた。エコロジーという表現は、人間と自然の共存を目指す思想の象徴として用いられることが多い。

(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

栄養・生化学辞典 「生態学」の解説

生態学

 自然界で生活している生物集団について,その環境や他の生物との関係などを研究対象とする学問領域.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の生態学の言及

【生物学】より

…〈生態学〉については,その源流は自然の照観という一般的な態度までさかのぼるが,学問分野としての確立は19世紀であった。この世紀の初期に,世界旅行の知見をもとにして,植物群系の分類を論じたA.vonフンボルトは重要な先駆者であったが,生態学ecologyの命名者はE.H.ヘッケルであった(1886)。ただし,彼のいう生態学は,ある環境下での生物の適応を論ずる環境生理学というべき視点であった。…

【生物学】より

…こうした事実に立ちつつ,真核細胞での遺伝情報の制御や,さらにひろく形態形成や再生現象などを理解する新たな枠組みを求めて,世紀初頭の2大問題であった遺伝と個体発生を関連づけることは,1980年代から本格化した新たな課題である。
[生態学の発展]
 生物学を大きく二つに分けると,個体の生命現象を解析的に追究する方向(広義の生理学)と,個体から発して個体間,種間,個体と環境など,関係を外へ求めていく方向(広義の生態学)がある。後者は本来の生態学のほかに,動物心理学と生理学の一面,動物行動学,社会生物学,生物社会学,生物地理学,進化の問題などを含む。…

※「生態学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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