動物行動学の先駆的研究家,理論生物学者。由緒ある貴族の末裔としてエストニアのグート・ケブラスで生まれた。ドルパト(現,タルトゥ)大学で動物学を学び,次いでハイデルベルク大学のキューネW.Kühneに師事し,比較生理学的研究に没頭。かたわらR.W.ブンゼン,リルケ,H.S.チェンバレンなど著名人と親しく交わった。1926年にはハンブルク大学の環境世界研究所に名誉教授として招かれ,研究と指導にあたった。イタリアのカプリ島で死去。
彼の生理学に対する基本的な立場は人間中心的な見方への批判であった。それは一方で,擬人主義を排して客観的に動物の行動を記述する道を開いたが,もう一方で,機械論的陥穽(かんせい)に陥っていた当時の生物学に画期的転回をもたらし,〈機能環Funktionskreise〉や〈環境世界Umwelt〉という重要な概念を生んだ。環境世界は知覚世界と作用世界からなるとされ,これらは機能環によって一体化されている。〈動物主体は同じ完全さでその環境世界に適応している〉(《動物と人間の環境世界への散歩》1934)。彼によれば,環境世界は計画性に基づいて相互に対位法的に関係し合う。部分を全体によって把握する彼の帰納的発想には,カントの認識論が通奏低音として流れており,ゲーテの〈原植物〉〈原動物〉をめぐる思索が投影している。ユクスキュルの環境世界論は,M.シェーラーおよび1920年代の哲学的人間学,さらに現象学の理論形成に大きな刺激を与え,またその機能環の概念はサイバネティックスやシステム分析による法則化を先取りしているとも評される。理論的集大成としては,《理論生物学》全2巻(1920,28)が挙げられる。
執筆者:木田 元
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ドイツの理論生物学者。ドルパット大学で動物学を学び、ハイデルベルク大学のキューネWilhelm Friedrich Kühne(1837―1900)のもとで比較生理学を研究したのち、1926年にハンブルク大学の環境世界研究所に名誉教授として迎えられるまで、大学とは関係のない自由な研究生活を送り、人間中心主義を排して動物の行動を客観的に観察・記述する新しい生物行動学への道を開いた。主体としての動物と、それが知覚し作用する環境との関係を「機能環」として表現し、それらがさらに広い自然全体のなかでその動物の種特有の環境世界Umweltをつくることを説いた彼の環境世界論は、自然の「計画性」を前提としている点で、現代のシステム分析の先駆的構想といわれる。
[室伏靖子]
『J・J・ユクスキュル、G・クリサート著、日高敏隆他訳『生物から見た世界』(1973・思索社/岩波文庫)』
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
…たとえば同じ部屋にいる大人と子ども,犬や猫,カとかハエなどは,それぞれ,生き方も関心も,知覚能力なども異なるので,それぞれの環境内容にも違いが生じる。 このような主体別環境の出現とその研究意義とを初めて例証した学者は,J.J.ユクスキュルであった。彼は主体的環境をUmweltと呼んで所有の環境基盤Umgebungから区別し,〈環境研究の最初の課題は,ある動物を取り巻く諸特徴から,その動物が知覚している環境の特徴を見つけだして,その動物独自の固有環境を構成することである〉と述べて,主体別環境研究の基礎を示した。…
※「ユクスキュル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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