日本における生活指導ということばは、きわめて多義的に使われている。大きくいって次の三つの考え方がある。(1)学級づくり的生活指導―生活綴方(つづりかた)的方法、(2)集団主義的生活指導―学級集団づくり、(3)生徒指導的生活指導―ガイダンス、などである。しかし、(1)の学級づくりや(2)の学級集団づくりの立場と、(3)のガイダンス的な立場とは、かなり見解を異にしている。(1)の学級づくりや(2)の学級集団づくりの立場を「生活指導」ということばでよび、(3)のガイダンス的な立場の生活指導を「生徒指導」とよぶことが多い。
本項における生活指導の定義としては、日本の生活指導の研究で第二次世界大戦後、指導的役割を果たした東大教授宮坂哲文(てつふみ)(1918―65)の考え方を取り上げたい。これは、もっとも核心に触れているからである。その定義とは「教師が子供たちと親密な人間関係を結び、1人ひとりの子供の現実にいとなんでいるものの見かた、考えかた、感じかた、ならびにそれらに支えられた行動のしかたを理解し、そのような理解をその子供たち自身ならびにかれら相互のものにすることによって、豊かな人間理解にもとづく集団をきずきあげ、その活動への積極的な参加のなかで1人ひとりの生きかたを(生活認識と生活実践の双方を、つまり両者をきりはなさずに統一的に)より価値の高いものに引き上げていく教師のしごと」とするものである。
[西根和雄]
生活指導の先駆的形態とみなされるのは、明治末期から大正期にかけて創設された私立学校(たとえば東京の成城小学校)の教育方針にみられる「小定員主義」のなかの師弟間の人間的個人的接触、個別指導、個性尊重の理念においてである。日本独自の訓育思想の結晶であった生活指導論は、大正末期より綴方教育の発展のなかから生起した。そして、それは、伝統的な学校教育が肉薄しえなかった子供のありのままの姿に触れることを通して、子供のものの見方、考え方、感じ方、行動様式の再構成を企てる新たな方法概念の登場を意味した。
生活指導の理論と実践は、その発展によって、第二次世界大戦前を前期と後期とに分け、さらに戦後というふうに、全体として3期に区分できる。前期の生活指導は、子供のものの見方、考え方、感じ方が自由に表現されることを通して、人間形成を図る態度形成に重点を置いていた。それに対して、1929年(昭和4)、1930年以降の後期の生活指導は、生活綴方教育運動の発展と相まって展開されたものである。それゆえ、態度そのものが環境に変革的に働きかける子供の目的的、能動的な生き方のなかで初めて形成されるという点から考えて、前期の生活指導とは区別することができる(大阪教育大学教授木下繁弥(しげみつ)〈1936― 〉)。
第二次世界大戦後の生活指導は、個人の自主性と民主主義を目標として再出発した。1947年の『学習指導要領』は、学校における生活指導の中軸を「自由研究」に置いた。このような立場から生活指導を考える人たちは、教科の指導はすべて学習指導で、教科外の指導は生活指導であるといい、生活指導を領域概念であると規定する立場をとった。しかし、1958年には、学校教育法施行規則一部改正によって、教育課程の領域は各教科・道徳・特別教育活動・学校行事等の4領域で編成されることになった。そして、教科以外の領域は学習指導の場であると同時に生活指導の場でもあることになり、もはや生活指導を領域概念と規定しがたくなった。この場合には、生活指導の内容としての種々の機能をあげながら機能概念として規定している。
[西根和雄]
生活指導の内容と研究の成果は複雑多岐である。しかし、いずれの立場にも民主主義の原理に基づいた人間形成を目ざすことは共通であるから、それぞれの考え方を止揚し統一的な理念と方法とを確立することが急務である。また、近年問題になっている「家庭内暴力」「校内暴力」「いじめ」に対しても単なる対症療法的な生活指導ではなく、まずその実態を正確にとらえることが重要である。「いじめ」の場合、その動機はかならずしもはっきりしているわけではないが、いじめの加害者には他人への思いやりや共感といった情緒面で、欠けるところがある。それゆえ、子供が成長する各段階において、必要な人格の発達課題を着実に達成していけるように、家庭でも学校でも指導し援助することが、現在の生活指導の課題であると考えられる。
[西根和雄]
『宮坂哲文著『生活指導と道徳教育』(1959・明治図書出版)』▽『日本近代教育史事典編集委員会編『日本近代教育史事典』(1971・平凡社)』▽『坂本昇一編『現代のエスプリ172 生活指導』(1981・至文堂)』▽『坂本昇一著『生活指導の理論と方法』(1978・文教書院)』
学校教育のなかで,教材を介して子どもの認識や技能を指導する学習指導にたいして,一人一人の子どもの生きかたをその子どもの生活現実に即して指導することをひろく生活指導とよぶ。しかし,生活指導は,徳目主義的指導や管理主義的指導のように,特定の徳目体系や管理体制を子どもに強要して,特定の生きかたをうえつけるものではない。またそれは,適応主義的指導のように,子どもの意識や行動を操作して,所与の集団体制に子どもを順応させようとするものでもない。生活指導とは,子どもが自分の生活現実を知り,自分の生きかたをより価値あるものに高めていくことができるように指導する教育活動である。そこでは,子どもの生活現実を発展的に変革していくことと,子どもの人格,個性を発達させていくこととを統一してとらえている。
生活指導が,このように子どもの生きかたを生活現実に即して指導することを強調するのは,それが第2次大戦前の修身教育体制に抗してつくりだされた教育実践であることと深い関係がある。大正末から昭和初期にかけての戦前の民間教育運動では,生活指導ということばは,一つは生活綴方,いま一つは生活訓練のなかで使われはじめた。生活綴方は,生活をリアルにつづることをとおして,子どものものの見かた,考えかた,感じかたを徳目主義から解放し,生活に根ざした生きかたをつくりだしていくことを,文章表現指導にたいして生活指導とよんだ。他方,校内外の生活の向上に自治的にとりくんだ生活訓練は,子どもを管理体制から解放し,集団自治の主体にまで高めていくもので生活指導ともよんだ。これらの実践とは別に,昭和初期に文部省によって提唱された校外生活指導は,不良化防止のための取締り,団体訓練,奉仕活動のための少年団の組織化をめざすものであった。
第2次大戦直後,アメリカから個人の社会的適応を強調する適応主義的,心理主義的なガイダンス(生活指導,生徒指導などと訳された)が導入されたために,戦前の生活指導実践の継承はすぐにはなされなかったが,1950年代の生活綴方の復興とともに,いわゆる仲間づくりの生活指導が,また60年代の自治活動の再建のなかで,いわゆる集団づくりの生活指導がひろがっていった。前者は,教師と子ども,子どもと子どものあいだに情緒的許容の人間関係をつくりだし,そのなかで生活をつづることをつうじて子どもの真実を発見させ,それによって生きかたをともどもに考えあう,仲間意識に結ばれた学習集団をつくりあげていくという指導過程を明らかにした。後者は,集団現実に即して子どもの集団認識,他者認識,自己認識を指導することをつうじて,子どもたちに自分たちのちからで集団の民主的発展を追究させ,そのなかで子どもを集団の民主的な主人にまで高めていくという指導過程を明らかにした。前者は,教科,教科外を問わず,子どもの生きかたを指導するものであるところから,生活指導を学校教育全体にわたる機能ととらえるのにたいして,後者は,主として教科外や地域の子どもの生活における自治的活動の指導であるところから,生活指導を教科外,校外領域の教育形態ととらえる。前者を生活指導機能説といい,後者を生活指導領域説という。しかし,両者はいずれも生活と集団の現実に根ざして民主的な生きかた,民主的な人格,個性を形成することを目的とし,学校教育の人間化,民主化を意図している点では一致しており,この点では,管理主義的,徳目主義的指導や,適応主義的,心理主義的指導と対立している。文部省は,1958年の〈道徳〉の時間特設以降,生活指導ということばに代えて,生徒指導ということばを使うようになって以来,生活指導と生徒指導のあいだに,指導の目的と方法をめぐる対立が顕著になっている。
執筆者:竹内 常一
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【治療】
診断がなされると治療が行われるが,治療は外科的治療と内科的治療に大別される。外科的治療は手術が主であるのに対し,内科的治療は薬物療法,リハビリテーション療法,生活指導に分けられる。内科的治療で最もたいせつなことは,生体に備わった自然治癒力を助長して,早く治癒にみちびくことである。…
※「生活指導」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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