生活綴方運動(読み)せいかつつづりかたうんどう

  • せいかつつづりかたうんどう セイクヮツ‥

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

生活者としての子供や青年が、自分自身の生活や、そのなかで見たり、聞いたり、感じたり、考えたりしたことを、事実に即して具体的に自分自身のことばで文章に表現すること、またはそのようにして生み出された作品を「生活綴方」といい、こうした作品を生み出す前提における指導、文章表現の過程における指導、作品を集団のなかで検討していく過程での指導、これらをまとめて「生活綴方の仕事」「生活綴方教育」あるいは単に「生活綴方」とよんでいる。この生活綴方の仕事を発展させ、その普及を図ろうとする民間の教育運動が「生活綴方運動」である。ただし、それについてはさまざまな考え方があり、まだ、一致をみるに至っていない。

[大槻和夫]

沿革

生活綴方は、大正初期に芦田恵之助(あしだえのすけ)らが提唱し実践した「綴方科」における自由選題主義(子供たちに自由な題材で文を綴らせる考え方)、1918年(大正7)に鈴木三重吉(みえきち)が創刊した児童雑誌『赤い鳥』によって推進された「ありのまま綴方」の文章表現指導運動、自然主義文学系統の綴方やプロレタリア綴方の運動などを伏線として、29年(昭和4)に小砂丘忠義(ささおかただよし)(1897―1937)らによって創刊された雑誌『綴方生活』によって成立していった。小砂丘らは、30年10月号に「『綴方生活』第二次同人宣言」を発表し、「生活教育」を目的とし、「綴方」を内容、方法と位置づける考え方を示した。これは生活綴方の概念の最初の公的な表現であり、『綴方生活』の終刊までの編集方針でもあった。

 こうした動きのなかから、1934年前後に、東北地方の青年教師らによって「北方性教育運動」が開始された。これに刺激されて地方的な運動や中央的な運動(たとえば、35年に『工程』を創刊した百田宗治(ももたそうじ)らを中心とする運動や、『綴方生活』などの運動)もしだいに質的な転換をみせていくようになり、生活綴方運動の本格的な展開が始まった。これらの運動は、やがて日中戦争の拡大を迎え、40年国民学校制度が確立されるとともに、直接的な弾圧および間接的な圧迫によって中断されるに至った(40~42年にかけての、いわゆる「生活綴方事件」による検挙者は約300人に及んだ)。第二次世界大戦後、生活綴方運動は復活し、50年(昭和25)「日本綴方の会」が誕生(翌年「日本作文の会」と改称)し、この会を中心に活発な活動を展開しながら今日に及んでいる。

 生活綴方運動は、その成立、展開の過程で深化と分化も進行した。たとえば、「綴方」という一教科にすぎなかったものが生活指導のための綴方指導に拡大されていった反面、それに対する批判も生まれた。また、東北地方の綴方教師たちの北方系または東北型と、北方性論批判派の、鳥取県の伯西(ほうせい)教育を中心とした南方系または西南型との分化も生じた。今日においても、生活指導と生活綴方との関係、生活綴方と教科指導との関係は、生活綴方によって子供たちの実感や欲求を引き出しながら、それをどのようにしてどこまで認識の世界へと踏み込ませていくことができるのかという実践と、教科指導において道徳や科学を子供たちの実感や欲求の世界へと踏み込ませていく実践との、両側からの接近が必要になってくるのである。

[大槻和夫]

特質

生活綴方運動は、〔1〕日本の風土から生まれた土着の教育思想、方法であり、〔2〕公権力の教育支配に対抗する下からの教育として、〔3〕子供の実感や要求を出発点とし、生活者としての現実認識を育てようとする教育としてとらえることができる。そして日本近代教育史上、重要な意義をもつ運動であり、学校の外での成人や青年の運動にまで発展した点でも特筆に値する。

[大槻和夫]

『中内敏夫著『生活綴方成立史研究』(1970・明治図書出版)』『日本作文の会編『生活綴方事典』(1958・明治図書出版)』『久野収・鶴見俊輔著『現代日本の思想』(1956・岩波書店)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 大正時代から昭和初期にかけて成立し、第二次世界大戦中も活動を続け、さらに戦後にも復活した、作文によって教育の改革をはかろうとする民間教育運動。最初の鈴木三重吉などの運動は文芸的なものであったが、昭和四年(一九二九)頃からは農村の不況を契機にして社会主義リアリズムへ傾斜し、北方性生活綴方を主張するようになった。ありのままの現実を書くことによって、社会的認識も深まることが期待された。

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