生活記録(読み)せいかつきろく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「生活記録」の意味・わかりやすい解説

生活記録
せいかつきろく

庶民大衆が、生活のなかで経験したこと、それについて感じたこと、考えたことを、事実に即して散文形式で書きつづること、あるいは書きつづったものをいう。1920年代に綴方(つづりかた)によって初等教育の行き詰まりを打開しようとした小学校の教員が、校区青年を対象として指導したのが始まりである。

 こうした生活綴方系統の最初の実践は、1921年(大正10)の、高知県土佐郡十六(さかり)村行川(なめがわ)(高知市行川)青年会における小砂丘忠義(ささおかただよし)の実践である(文集『土を踏みて』)。大正末期から、社会的矛盾激化と生活の窮乏の進むなかで、生活綴方運動とともに盛んになったが、第二次世界大戦によって、学校での生活綴方とともに衰えた。戦後数年を経て、生活綴方が復興するとともに生活記録も盛んになり、1950年(昭和25)ころから、労働組合のなかの青年たちをはじめ、農村の青年、家庭の主婦の間に、生活記録運動が拡大していった。55年、日本青年団協議会を中心にした生活記録研究会が結成され、このころほぼ頂点に達したが、その後漸次下降線をたどっていった。

 この間、多くの生活記録集が編まれ、工場の娘たちの「母の歴史」とか、主婦たちによる「エンピツをにぎる主婦」などのほか、戦争体験、初占領体験記類など、貴重な刊行物がつくられた。その後、新聞の投稿欄への投稿者たちの生活をつづるグループも生まれ、生活記録の流れは続いている。

 生活記録は、(1)既成先入観や外から与えられた観念にとらわれないで、事実をあるがままに書き表そうとすることによって、人々の思考を立て直す役割を果たし、(2)サークル活動のなかで人々の気持ちを自覚的に結び付ける機能をもち、(3)日本語による表現能力を高め、日本語の大衆化の役割をも担っている。また、(4)個人体験の客観化は、大衆運動の成長を促し、社会の民主化を推し進める運動を支えてきた。

 生活記録は、庶民生活およびその社会のなかに、訴えずにはいられない願いや要求、怒りや悲しみや喜びが存在するという社会状況を背景として、学校教育で培われた認識能力、表現能力をもとに生まれ、社会の民主化の運動と結び付いて発展してきた。それゆえ、生活記録運動は、労働大衆の文化運動として評価されている。生活記録運動から生まれた生活記録類は、歴史的な資料としても貴重なものが少なくない。

[大槻和夫]

『中内敏夫著『生活綴方成立史研究』(1970・明治図書出版)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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