( 1 )明治時代には、中流家庭あるいは商家や下宿で、家政の采配を振るう立場にある女性をいった。この場合、必ずしも自身が家事労働に携わるわけではなかった。
( 2 )大正時代になると、サラリーマン家庭が増加し、その妻たちの多くはもっぱら家庭内で家事労働を担当した。後に「主婦」といえば、特にこのような家事に専従する既婚女性を指すようになる。しかし、一九七〇年代以降、この層でも仕事を持つ者が増え、そのため、家事専従の主婦を指して、新たに「専業主婦」という言い方が生まれた。
家事の管理にあたる女性。生産的機能(家業)をまったく失った家族が一般化したことにより、家庭にとどまってもっぱら家事・育児に専念するいわゆる「家庭婦人」を広く生じた。主婦の名称はこうした事態における家事専担者として明確な意義づけを与えられ、一つの社会層とみられる形を呈してもいる。主婦連合、消費者連合などと銘打つ団体の結成基盤もそこにある。
[竹内利美]
職能身分制の枠内で展開してきた家業中心の伝統的家族にも主婦の役割は存在していた。武家の継承は男子に限られ、その権限も強大で、妻女は奥方、内儀として陰の存在ではあったが、複雑な機構の「大奥」制度をもつ大名層は別として、一般の近世武家はまったくの俸禄(ほうろく)生活者となり、もっぱら「内を治める」妻女の役割が儒教的倫理に沿って強調もされた。
商家や上層農家の妻女はオカミ、オウエ、オカタ、オマエ、あるいはエヌシ、イエトウジ(家刀自)、ユワラジ(家主)などの古い呼び名が示すように、家事管理の責任者として、いわゆる「内方、奥方」の「取り仕切り」にあたり、食事をはじめ衣服・居住など万般の生活に権限をもち、「主婦権」ともいうべきものが慣行的にできあがっていた所も多い。「杓子(しゃくし)わたし」「へらわたし」といって、姑(しゅうとめ)(旧主婦)が嫁にその権限を譲り渡すにあたり、年取りの夜、杓子(へら)を鍋蓋(なべぶた)にのせて引き渡す儀礼を行ってきた所もある。「食事の配分」が主婦のいちばん重い権限であり、飯杓子(へら)はいわば主婦権の象徴であった。主婦連のデモに杓子を持ち出したのも暗黙の符合であろうか。また「大店(おおだな)」の商家や旧地主の農家は、家族のほかに多くの雇い人や出入り人を抱え、そうした人々への適切な応対も、家事の管理同様重くみられた。家運を内から支えるうえで主婦の働きは古くから実質上大きな評価を与えられてもいた。とくに漁家の妻女などは家事いっさいをもっぱら切り盛りした。落語の主人公の江戸長屋の住民(出職人の類)の生活もまた、家事いっさいの繰り回しはもっぱら妻女の手に依存していた。
[竹内利美]
主婦のなかにおける専業主婦(夫の賃金収入の下で、自らは有償の仕事をもたず、家事・育児に専念する主婦)の割合は、高度成長期を経た1970年代にピークに達し、その後徐々に低下した。75年の「国際婦人年」以降の世界的潮流のなかで確認された性別役割分業の見直し、男女雇用機会均等法の施行など、すべての分野に女性が男性と同等に参加することの必要性が叫ばれるなかで、専業主婦を望ましいとしない人々が増えた。結婚、出産後も働き続けたいという希望の女性は増加している。また、90年代以降の経済不況、高学歴化を背景に、自ら選択的失業主婦となり、ボランティアやワーカーズ・コレクティブ(人間らしい働き方をするために、労働と経営を自主的に管理する事業体)、消費者運動などの地域活動を通して社会に参加し、自己実現を果たす主婦も増加している。逆に、男性のなかからは新しい生き方として「主夫」を選択する男性も現れ、数は少ないものの育児休業をとる夫が登場するなど、1960年代につくられた主婦像、家族像は大きく変化してきている。
しかし、今日の日本の経済社会システムのなかでは、専業主婦、ことにサラリーマンの妻は、夫の被扶養者となることでさまざまな優遇措置を受ける仕組みとなっているので、女性間全体における負担の不公平という状況を生み出している。すなわち、年収103万円以下であるならば夫の被扶養者であるとみなされ配偶者控除と配偶者特別控除が適用されて非課税となる。年収130万円未満であれば、年金や医療保険の保険料を払わなくてすむうえに、夫の勤務先より配偶者手当を受けるなどの措置がある。そのため、共働きの主婦とはいっても、以上の優遇を受ける範囲内でのパート労働にとどまる傾向はやまない。この「税制上の専業主婦」が、パート低賃金労働の温床となっているという批判もある。
一方、専業主婦に限らず主婦全体に共通する大きな問題としては、少子高齢化社会における介護の問題がある。介護は、2000年(平成12)に公的介護保険制度ができ、介護休業が法的に認められているものの、介護の社会化はいまだ十分果たされておらず、もっぱら家族のなかの主婦の仕事として認識されている。かかる負担の大きさゆえに、健康を害したり、離職を余儀なくされる主婦も多い。
[大門泰子]
『倉石あつ子著『柳田国男と女性観――主婦権を中心として』(1995・三一書房)』▽『阪南大学女性学研究会編『女性学の視座』(1996・ナカニシヤ出版)』▽『落合恵美子著『21世紀家族へ』新版(1997・有斐閣)』▽『金子幸子著『近代日本女性論の系譜』(1999・不二出版)』▽『春日キスヨ著『介護問題の社会学』(2001・岩波書店)』
主婦とは,一般に既婚の女性で家庭の運営の責任者である,という定義がある。家庭の運営にかかわる作業をする人は主婦に限られるわけではない。しかし,夫婦中心の小家族においては,主婦は,家事や育児など限られた作業を自分の決めた方針に従って,自分自身の手で行う人となっている。
西欧の夫婦を基礎単位とする核家族においては,産業革命が〈主婦housewife〉を誕生させたといわれている。つまり,家族が物を生産する単位から労働力を生産する単位になり,良質の労働力として父=夫は職場に出,母=妻はその労働力を維持するための環境としての家庭を守り,子どもや病人などを保護する,という分業が成立した,というのである。主婦としての役割には,母親,教師,看護婦,家政婦,女主人,セックス・パートナーなどがあげられる。主婦にとっては家庭内での働きが多様かつ重要であるのに反し,生産過程に関与しないことから,家庭の外では地位をもたない存在であった。また主婦の働きは無報酬であった。これが西欧に生まれた主婦である。
かつての日本の商家のように,男女の役割分業が明確で,それぞれの役割が相補的な場合には,主婦の労働が直接経済的な報酬をもたらさなくても,一家の〈女主人〉としての位置づけがみられたといえる。日本の主婦のイメージは,そのような背景をもちながら,1960年代以降顕著にみられる核家族化と雇用労働者増加の中で,西欧的主婦の特徴を備えるようになっているとみられる。直系家族制の下では,主婦は少なくとも家長の妻という立場で,一家の女成員の長としての権威をもっていた。また家庭運営にかかわる作業も多岐にわたっており,それだけ彼女の役割は家庭という枠の中ではあるが重要であったし夫婦を中心とする小家族は,夫婦と子どもの限られた人間関係からなる集団で,そこでの権威の序列は流動的であり,家庭運営にかかわる作業も少ない。さらに,家事作業の補助となる電気製品等の普及により,主婦の作業の大半は,だれでも簡単にできる種類のものとなり,主婦の重要性は減少したといえる。特に,育児は他の家事作業とは異質であり,主婦の最後の聖域と考えられているが,出生児数の減少により,それを短期間で終える傾向が強くなり,寿命の延長と相まって中高年主婦の自己確認の拠り所が危うくなってきている。
アメリカには,主婦の調査をもとに〈夫志向型〉〈子ども志向型〉〈家庭志向型〉〈家族志向型〉〈ライフサイクル型〉〈自己志向型〉〈キャリア志向型〉という分類がある。現代日本の主婦は意識調査でみる限り,〈子ども志向型〉が圧倒的に多く〈家族志向型〉がそれに続く。このような型の主婦は,これまでの社会的条件の下では〈あたりまえ〉で〈幸せ〉な人生を送れたかもしれないが,現代社会の変化は,あり方の問直しを迫っている。
→家事
執筆者:目黒 依子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…システム錠にはこのほか,磁気カードを利用したもの,音声を利用したものなども考案されている。【岩崎 正義】
【鍵の力】
ゲルマン人の間では,古くから妻は主婦として家事に必要な行為を主宰していたに相違なく,ドイツ法制史家グリムによると,鍵は主婦の地位の象徴であった。それはローマ人の間でも同様であって,新婦は鍵を与えられ,離婚された女は鍵の返還を要求された。…
…つまり,ここには,中世の在地世界に,離別された妻は,夫の家中の物品を,好きなだけ持ち去ることができるという慣習法が存在していたことが示されている。これは結局,結婚ののち,妻が夫の家中で占めていたいわゆる家内支配権(主婦としての権限)が,かなり強固なものであったことのあらわれであろう。したがって,《御成敗式目》21条にも,離婚請求権がいかに夫側にあったとしても,簡単には妻を離別しがたい,ある程度の歯止めがかけられていた。…
※「主婦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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