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田口運蔵 たぐち うんぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田口運蔵 たぐち-うんぞう

1892-1933 大正-昭和時代前期の社会運動家。
明治25年5月1日生まれ。二高中退後渡米して片山潜を知り,在米日本人社会主義者団を結成。大正10年モスクワでのコミンテルン第3回大会に日本代表として出席。12年日ソ国交のため来日したヨッフェの通訳をつとめた。昭和8年10月26日死去。42歳。新潟県出身。旧姓は金井。著作に「赤旗の靡くところ」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

田口運蔵
たぐちうんぞう
(1892―1933)

大正・昭和期の社会運動家。明治25年5月1日新潟県新発田(しばた)町で生まれる。第二高等学校中退。1914年(大正3)、外国船の密航者となり海外での放浪生活を始める。18年アメリカに渡り片山潜(せん)と知り合い、ランド・スクールに通い、翌年11月に在米日本人社会主義者団を結成し、アメリカ共産党に入党した。21年4月コミンテルン第3回大会に出席のためモスクワに赴き、大会の議長に選ばれ演説する。23年2月、日ソ国交回復の予備交渉のためにヨッフェが来日したとき、その事実上の秘書として帰国し、熱海(あたみ)における後藤‐ヨッフェ会談の通訳として活躍。『改造』『文芸戦線』などで執筆活動を続けたが、昭和8年10月26日死去した。著書に『赤旗の靡(なび)くところ』(1929)、『赤い広場を横切る』(1930)など。[山田敬男]

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