慢性甲状腺炎(読み)まんせいこうじょうせんえんはしもとびょうじこめんえきせいこうじょうせんえん(英語表記)Chronic thyroiditis (Hashimoto's disease)

家庭医学館 「慢性甲状腺炎」の解説

まんせいこうじょうせんえんはしもとびょうじこめんえきせいこうじょうせんえん【慢性甲状腺炎(橋本病/自己免疫性甲状腺炎) Chronic Thyroiditis (Hashimoto Thyroiditis, Autoimmune Thyroiditis)】

◎患者さんの大部分は中年の女性
[どんな病気か]
 免疫の異常が原因と考えられることから、自己免疫性甲状腺炎(じこめんえきせいこうじょうせんえん)とも呼ばれます。慢性甲状腺炎(橋本病(はしもとびょう))の患者さんの大部分は、甲状腺のはたらきが正常ですが、機能が低下している人もいます。
 この病気は、人口10万人に対して約80人の割合でおこります。甲状腺が腫(は)れているだけで、なんの症状もないため、医師の診察を受けない人もかなりいると考えられます。
 こうした人も含めますと、日本では10万人を超える人が、この病気にかかっていると推定され、けっしてめずらしい病気ではありません。
 この病気は、10歳以下から70歳以上まで、広い年代の人にわたってみられますが、そのうちの60%以上は30~50歳の人です。
 また、女性の患者さんがだんぜん多く、男性に比べると十数倍になります。なかには、95%が女性であるとの報告もあります。
[症状]
 約90%の患者さんに甲状腺の腫れ(甲状腺腫(こうじょうせんしゅ))がみられます。このうち、甲状腺腫だけでなんの症状もない人が約半数を占め、残り半数の人に、かすれ声(嗄声(させい))、頸部(けいぶ)の不快感などがみられますが、甲状腺のはたらきは、たいてい正常です。
 血液中の甲状腺ホルモンが減少してくると、からだがだるい、気力がわかない、寒がり、便秘がち、ことばがもつれるなどの症状が現われてきます。
 また、指で押してもへこみのできないむくみ、トウモロコシの毛のようにつやのない頭髪、脱毛、皮膚の乾燥、体重の増加が現われます。女性では月経過多といった症状が現われ、知的な活動が低下したり、動作が緩慢になったりします。
[原因]
 自己免疫疾患の代表的な1つと考えられています。
 血液中に、甲状腺に対する各種の自己抗体(じここうたい)(甲状腺の組織を抗原(こうげん)としてできた物質で、正常甲状腺組織と反応する)がつくられ、甲状腺機能が障害されます。障害が高度になると、甲状腺の細胞が破壊され、ホルモン分泌のはたらきが低下してきます。
 また、血のつながった家族の人の血液中にも、甲状腺の自己抗体がみられることが多いことや、一卵性双生児(いちらんせいそうせいじ)の1人が橋本病であるとき、もう1人にもこの病気がみられることなどから、発病には遺伝的な資質(ししつ)(素因(そいん))が関係していると考えられています。
[検査と診断]
 かすれ声(嗄声(させい))のために耳鼻咽喉科(じびいんこうか)を受診したり、健康診断で血液中のコレステロールが高いことがわかり、それをきっかけとして発見されることもあります。
 血液を調べると、血液沈降速度(けつえきちんこうそくど)(血沈(けっちん))ないし赤血球(せっけっきゅう)沈降速度(赤沈(せきちん))がはやくなり、血清(けっせい)中の総たんぱく量が増加しています。
 肝臓の機能検査のうち、硫酸亜鉛試験(りゅうさんあえんしけん)やチモール混濁試験(こんだくしけん)など、血清膠質反応(けっせいこうしつはんのう)の上昇がみられます。これは、血液中の免疫グロブリン(γ(ガンマ) )が増えているときにみられるものです。
 血液中の甲状腺自己抗体としては、抗サイログロブリン抗体と、抗マイクロソーム抗体が、多くの場合、陽性に出ます。とくに、抗サイログロブリン抗体が上昇するのが特徴です。
 甲状腺の機能を調べますと、約4分の3の患者さんでは正常で、機能低下を示す人は約2割です。そして、少数ですが、機能の亢進(こうしん)を示す人もいます。
 甲状腺機能が低下すると血液中の遊離(ゆうり)トリヨードサイロニン(フリーT3)、遊離サイロキシン(フリーT4)などの甲状腺ホルモンが減少します。
 からだの新陳代謝活動のようすを示す基礎代謝率、甲状腺の活動性を示す甲状腺の放射性ヨード(123I 、131I)摂取率も低下し、血液中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)やコレステロールが増加してきます。
 そのほか、貧血や、胸部X線撮影では心臓の陰影の拡大、心電図検査では低電位差(活動の低下を示す)がみられる場合もあります。
 甲状腺の組織をとって顕微鏡で調べると(生検(せいけん))、リンパ球の浸潤(しんじゅん)(組織への侵入)、リンパ濾胞(ろほう)の形成(侵入したリンパ球の集団形成)、ホルモン分泌細胞(濾胞上皮(ろほうじょうひ)細胞)を支えている間質(かんしつ)部分の線維化(硬化)、ホルモン分泌細胞の変性と崩壊といった、特有の変化がみられます。
◎機能が低下したらホルモン療法
[治療]
 甲状腺のはたらきが正常であれば、年1~2回、定期的に検査を受けて経過を観察するだけで、まったく治療の必要はありません。
 甲状腺の機能が低下してくるまでに長い年月がかかりますし、たとえ、機能が低下してきても、甲状腺ホルモン剤を服用すれば、健康な人と同じように生活することができます。
 ただし女性の場合は、出産後に一時的に甲状腺の機能低下がひどくなることもありますので、妊娠がわかった段階で、内分泌、とくに甲状腺の専門医とよく相談しましょう。
●薬物療法
 甲状腺の機能が低下してきたら、甲状腺ホルモンの内服を毎日欠かさずに、生涯続けることが必要になります。
 甲状腺ホルモンとしては、サイロキシン(T4)剤、トリヨードサイロニン(T3)剤、乾燥甲状腺末(かんそうこうじょうせんまつ)(甲末(こうまつ))の3種類があります。
 甲末がよく用いられた時代がありましたが、現在では、T4剤が使われることが多くなっています。
 T3剤は、1日3回に分けて内服しなければなりませんが、T4剤、甲末は、1日1回の内服で十分です。

出典 小学館家庭医学館について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「慢性甲状腺炎」の解説

慢性甲状腺炎(橋本病)
まんせいこうじょうせんえん(はしもとびょう)
Chronic thyroiditis (Hashimoto's disease)
(内分泌系とビタミンの病気)

どんな病気か

 慢性甲状腺炎は1912年、橋本(はかる)博士により報告された病気で、橋本病とも呼ばれています。

原因は何か

 本来は外部から入り込んだ異物に対して起きる免疫反応が、自分の体の細胞に対して起きて甲状腺の細胞が壊れ、細胞と細胞の間に線維化が起こる臓器特異的自己免疫疾患(ぞうきとくいてきじこめんえきしっかん)です。女性に圧倒的に多く、最近の研究では10人に1人かそれ以上の頻度ではないかといわれています。

症状の現れ方

 甲状腺は予備能力の大きな臓器なので、少しくらい破壊されても甲状腺ホルモンを作る能力が低下することはありません。しかし、破壊が甲状腺全体に広がると機能低下症になります。炎症といっても、何年もかかってゆっくりと起こる炎症なので、痛みや発熱が起こることはありません。

 甲状腺腫は全体にはれていて硬く、表面はこぶ状あるいは小顆粒(かりゅう)状に触れます。大きさはさまざまですが、よほど大きくないかぎり、物が飲み込みにくくなったり、呼吸困難になることはありません。

 甲状腺の機能も大半は正常なので、橋本病というだけではとくに自覚症状もなく、治療の必要もありません。しかし、加齢とともに甲状腺機能低下症(こうじょうせんきのうていかしょう)の頻度が増して、最終的には軽度のものも含めると20~30%は機能低下症になります。甲状腺機能低下症からみると、原因の大半は橋本病です。

 甲状腺機能低下症になると寒がり、便秘、記憶力・計算力の低下、眠気などを自覚するようになり、さらに低下症が進むと顔面がはれぼったく、むくむようになります。慢性甲状腺炎で甲状腺機能低下症になった例でも、時に甲状腺の機能は回復することがあります。無痛性甲状腺炎といって、逆に一過性に甲状腺ホルモンが増えることもあります。

検査と診断

 慢性甲状腺炎はもともと甲状腺組織を顕微鏡で見て発見された病気なので、組織所見を見ないと確定診断はできません。しかし、通常は抗甲状腺抗体が陽性で、硬い甲状腺腫が認められ、バセドウ病が否定できれば慢性甲状腺炎と考えて経過をみることになります。

 甲状腺腫が大きい時は、一応、腫瘍(しゅよう)性疾患を除外しておくことも兼ねて、超音波断層検査をすることもよくあります。

治療の方法

 甲状腺機能が正常で甲状腺腫が小さい時は、とくに治療は行いません。甲状腺機能低下症の時は、甲状腺ホルモンを投与します。

 甲状腺刺激ホルモンだけが高値で、甲状腺ホルモンの値が正常なものを潜在性(せんざいせい)甲状腺機能低下症といいます。放置すると動脈硬化症や、はっきりとした甲状腺機能低下症になる可能性が高いので、やはり甲状腺ホルモンを投与します。

病気に気づいたらどうする

 橋本病が医療費の補助の対象になっている県もあるので、難病ではないかと心配される患者さんがいます。しかし決して難病ではなく、甲状腺ホルモンの測定を時々受け、ホルモンが低下しているということがわかれば、甲状腺ホルモンの服用を始めるだけでよいのです。橋本病と診断されても、あまり心配はしないようにしてください。

阿部 好文


慢性甲状腺炎(橋本病)
まんせいこうじょうせんえん(はしもとびょう)
Chronic thyroiditis (Hashimoto's disease)
(子どもの病気)

どんな病気か

 甲状腺に慢性的に炎症が生じるもので、20~30代の女性に最も頻度が高いですが、思春期の女子にもみられます。

原因は何か

 甲状腺のサイログロブリンやペルオキシダーゼなどの自己抗原に対する自己免疫反応が病気の原因です。遺伝因子や環境因子が関係します。

症状の現れ方

 思春期には前頸部のはれで発見されることが多く、甲状腺機能は多くの場合正常です。時に機能低下や一過性の機能亢進を示すこともあります。甲状腺機能低下症の症状は、便秘、体重の増加、倦怠感(けんたいかん)、元気がなくなるなどです。

 また、慢性甲状腺炎をもつ女性が妊娠した場合、出産後母親の約半数に機能亢進や機能低下が発症すると報告されており、注意が必要です。

検査と診断

 マイクロゾームテストやサイロイドテストといった自己抗体の検査が陽性であれば、甲状腺に炎症があると考られます。甲状腺の腫大の有無は、視診と超音波検査によって行います。血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)、遊離トリヨードサイロニン(FT3)、遊離サイロキシン(FT4)を調べます。

治療の方法

 TSHが上昇(一般に10IU/ml以上)した場合、甲状腺ホルモン薬のレボチロキシンナトリウム(チラーヂンS錠、散)を内服します。

病気に気づいたらどうする

 内分泌疾患の専門外来をもつ小児科を受診します。

関連項目

 甲状腺機能亢進症(バセドウ病)単純性甲状腺腫

杉原 茂孝

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

知恵蔵 「慢性甲状腺炎」の解説

慢性甲状腺炎

橋本病」のページをご覧ください。

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

世界大百科事典(旧版)内の慢性甲状腺炎の言及

【甲状腺】より

…最近では,このような治療法の進歩により救命率はずっと高くなった。
[甲状腺炎thyroiditis]
 甲状腺の炎症で,急性(化膿性)甲状腺炎,亜急性甲状腺炎および慢性甲状腺炎の三つに分けられ,それぞれ病像のみならず病因も明らかに異なっている。急性甲状腺炎はまれな病気で,化膿性菌が血行性にまたは甲状舌管の遺残や梨状窩瘻(かろう)を通じて咽頭から直接に甲状腺に侵入して起きる。…

【粘液水腫】より

…しかし,このむくみは心臓や腎臓の疾患のときの浮腫と違い,指で押しても圧痕を残さない。甲状腺機能低下症をもたらす疾患のうち最も頻度が高いのは慢性甲状腺炎である。慢性甲状腺炎の患者の約半数は甲状腺ホルモンが欠乏してくるといわれるが,このなかには一過性の甲状腺機能低下症もあることが知られるようになったので,治療上注意が必要である。…

※「慢性甲状腺炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

世界の電気自動車市場

米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...

世界の電気自動車市場の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android