内科学 第10版 「異常呼吸」の解説
異常呼吸(症候学)
呼吸(外呼吸)とは,肺内外間におけるガス交換のため,呼吸筋を介した胸郭の収縮弛緩などの作用によって換気が行われる機能である.その作用により,動脈血の酸素分圧(PaCO2)と二酸化炭素分圧(PaCO2),pHが維持されており,延髄の呼吸中枢や高次中枢などによって調節されている.
正常呼吸とは,吸気と呼気とが一定の規則正しいリズムを繰り返し,健常人の場合,安静時呼吸回数は1分間に約14~20回(新生児では約40~50回)である.1回換気量は,400~800 mLで,分時換気量は5 L/分以上になる.
健常人における呼吸運動の型には,肋間筋などにより胸郭を拡大して行う胸式呼吸(胸郭型(thoracic type)/肋骨型(costal type))と,横隔膜の作用により腹壁の運動を行う腹式呼吸(横隔膜型(diaphragmatic type)/腹型(abdominal type))とがある.一般的には,胸腹式(costabdominal type)にて行っている. 異常呼吸は,このような呼吸の回数,換気量,リズムや型が,化学刺激,肺胸郭形態,循環機能,睡眠など多彩な要因により惹起される.【病態生理については⇨7-11】
種類・鑑別診断
呼吸回数,換気量の異常では,頻呼吸,多呼吸,過呼吸,過換気に対し,徐呼吸,少呼吸,低呼吸,低換気がある.代表的な異常呼吸には,Cheyne-Stokes呼吸,Biot呼吸,奇異呼吸,起坐呼吸などがある(図2-33-1).
まず,呼吸回数の異常には,頻呼吸(tachypnea)と徐呼吸(bradypnea)とがある.頻呼吸では,1分間の呼吸回数が約21~24回以上に増加する.発熱時や器質的病態がない興奮状態でもみられる場合がある.一方,徐呼吸では,約7~12回以下に減少する.モルヒネや睡眠薬の多量服用,麻酔時などにみられる.
次に,1回換気量が増加する場合を過呼吸(hyperpnea)とよび,呼吸回数は正常あるいは増加する.神経症などにみられる.睡眠時などにみられるのは,換気が減少する低呼吸(hypopnea)である.
一方,呼吸回数と1回換気量とがいずれも異常をきたすものとして,多呼吸(polypnea)と少呼吸(oligopnea)がある.増加したものを多呼吸,減少したものを少呼吸とよぶ.前者は過換気症候群にもみられ,後者は呼吸中枢の活動が低下していることを示唆する.
肺胞換気量の異常には,過換気(hyperventilation)と低換気(hypoventilation)のほか,Kussmaul呼吸などがある.過換気では,代謝量に対し換気量が亢進し,分時肺胞換気量が増加して,PaCO2が低下した状態が生じる.この場合,呼吸回数,1回換気量ともに著明に増加していることが多い.激しい興奮など心因性の過換気症候群や激しい運動,呼吸器疾患,中枢神経疾患など多彩な病態に起因する.また,糖尿病性アシドーシスまたは昏睡を特徴とする深く速い呼吸であるKussmaul呼吸もこれに含まれ,尿毒症やアルコール性アシドーシスでもみられる.
分時肺胞換気量が減少し,PaCO2が増加した状態を低換気といい,呼吸運動が一時的に中断された無呼吸(apnea)を伴う場合もある.睡眠時無呼吸症候群などにみられる.
代表的な異常呼吸には,まず,特徴的な呼吸リズムの異常であるCheyne-Stokes呼吸があげられる.呼吸と無呼吸が交互に繰り返される周期性呼吸で,1回換気量が徐々に増加していき,最大となり,深く大きい努力性呼吸を行うが,それに続いて減少し,一時無呼吸となる交代性無呼吸を呈する.この呼吸は,動脈血二酸化炭素分圧の変動に応じて変化する.つまり,無呼吸時は動脈血二酸化炭素分圧は最も低いが,徐々に分圧が上昇すると呼吸が刺激され,最大の過換気に達するまで上昇し続け,その後分圧の減少とともに,換気も減少し,無呼吸が再び起こる.周期は一般的に約30~70秒で,無呼吸あるいは少呼吸が約5~30秒続く.軽度のものは,乳児や健常高齢者でもみられうるが,脳出血,脳梗塞,頭蓋内圧亢進,髄膜炎などの中枢神経疾患,重症心不全,モルヒネなどの薬物中毒,アルコール依存症,麻酔時などに認められ,予後不良の徴候とされることもある.
これと類似したものに,Biot呼吸がある.Cheyne-Stokes呼吸より,呼吸回数,1回換気量,リズムが不規則で,呼吸と無呼吸が突然交代する.脳出血,髄膜炎,延髄損傷などにみられる.
ほかに,呼吸型の異常による奇異呼吸(paradoxical respiration)がある.一側肺が正常で,片側肺に胸膜癒着,開放性気胸,肋骨切除などがある場合にみられる.健常人の呼気時には胸郭は収縮し,吸気には膨脹する.奇異呼吸では,呼気時は,健側肺の胸腔内圧が増加するが,患側肺は固定され内圧が変化しないので相対的に低下し,健側肺の空気が患側肺に流入するため,膨脹する.逆に,吸気時には,健側肺の胸腔内圧が低下し,健側肺に患側肺の空気が流出するため,収縮する.
健常人の呼吸運動とは異なり,両側胸郭の動きに左右非対称性および非同時性がみられることがある.肺炎や胸膜炎,気胸などの場合,患側の動きが健側に比べて悪くなり,横隔膜の動きが制限され,平板化されるため,吸気時に肋骨下方外縁が内側へ移動する.この現象をHoover徴候という.胸膜炎,胸水貯留,気胸では片側性に,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)では両側性にみられる.
体位による異常に,起坐呼吸(orthopnea)と横臥呼吸(platypnea),側臥呼吸(trepopnea)がある.起坐呼吸とは,仰臥位をとると呼吸困難が強くなり,坐位や立位,後ろによりかかる体位をとると楽になる状態をいう.臥床時に循環血液量が増し,換気量を減少させることが呼吸困難を強めることにつながる.心不全や肺水腫など重篤な基礎疾患でみられるため,注意する必要がある.気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患の発作でも起坐呼吸がみられるが,これらの場合は,患者は起坐位だけでなく,前傾姿勢などもとり,補助呼吸筋や横隔膜を活用できるような体位を選ぶ.横臥呼吸とは,座位や立位では呼吸困難があり,臥位では軽減する状態で,肝硬変,心内シャント,胸膜炎,肺動静脈瘻などでみられる.また,呼吸困難がある一定の臥位のみで起こり,ほかの臥位では軽減するものに側臥呼吸がある.重度の気胸や胸水貯留,一側無気肺などの場合に,罹患側を上にした一方向の側臥位をとることが観察される.逆に,罹患側を下にするほうが楽になる場合もある.
そのほかとして,慢性閉塞性肺疾患などにみられる口すぼめ呼吸(pursed-lip breathing)がある.呼気時に口をすぼめて口腔内圧を高めながらゆっくり呼出する呼吸をいう.これにより呼気時に末梢気道が早期に虚脱するのを防ぎ,空気のとらえ込み(air trapping)を緩和することにより,呼吸困難感を軽減するとされている.
また,ため息呼吸(sighing breathing)といい,不規則にため息のような深い呼吸が,神経症や過換気症候群などでみられることがある. 呼吸の観察により診断を進めるときには,前述の正常呼吸と異常呼吸を念頭において行う.まず,胸郭を露出させ,安静時における呼吸を観察し,呼吸回数と呼吸リズム,呼吸型をみる.また,胸郭や横隔膜の動きなどを確認しながら,換気をみる.その際,吸気と呼気の長さをみることは,慢性閉塞性肺疾患患者における呼気延長の判定などに役立つ.また,呼吸筋の動きや吸気時の肋間の陥没を観察することも重要である. 呼吸器疾患と異常呼吸との合併症例には,鑑別に応じて胸部X線,胸部CT,血管造影,シンチグラフィなどの画像検査を行う.中枢神経障害との合併症例では,MRIや髄液検査などを用いて,確定診断を行う. 肺機能検査を行うことによって,閉塞性換気障害,拘束性換気障害の有無がわかる.また,動脈血ガスの測定により,PaO2,PaCO2,pH,炭酸水素イオン濃度を調べることができ,呼吸不全(PaO2が60 mmHg以下),過換気(PaCO2が35 mmHg以下),低換気(PaCO2が46 mmHg以上)などの状態が把握できる.睡眠時の異常呼吸の判定には,ポリソムノグラフィを使用するのが基本だが,その簡易型や,パルスオキシメーターによる経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)の連続測定などもあり,目的と検査の特徴を理解したうえで,検査法を選択することになる.[小賀 徹・三嶋理晃]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報