薬物中毒

内科学 第10版 「薬物中毒」の解説

薬物中毒(中毒性神経疾患)

 中枢神経系には血液脳関門,末梢神経系には血液神経関門があって,生体に不必要な物質が血液から脳や末梢神経内へ移行するのを制御しているが,これらの関門を通過し得た薬物は神経組織内に入り,神経細胞を傷害する.薬剤の多くは,治療効果の点から標的組織に入る必要があるため,毛細血管の透過性が高く,関門を通過しやすい.髄膜炎脳炎などの病的状態では,関門の透過性が亢進し,通常では通過しない薬剤,たとえば抗菌薬などは容易に通過するようになる.あらゆる種類の薬剤が過剰投与,薬物依存誤飲,自殺,犯罪などの不適切な摂取により中毒を起こすが,併用薬の相乗効果やアレルギー体質などの生体側要因でも起こる.中枢神経系,末梢神経系,神経筋接合部,筋肉,自律神経系などが障害されるが,表15-11-3〜15-11-5にそのおもなものを示す.神経症状は,濃度依存性に出現することが多く,診断や予防には服薬情況の把握,薬物血中モニタリング(TDM)により血中濃度測定を行う.治療は薬物の種類,服薬量,症状を考慮し,必要に応じ胃洗浄による未吸収薬剤除去,強制利尿や血液透析による既吸収薬剤の排泄促進および全身管理を行う.通常投薬中止により,症状は改善するが,後遺症を残すことも少なくない.
薬物中毒によるおもな神経疾患
1)脳症,白質脳症:
抗てんかん薬のフェニトインや抗精神薬の炭酸リチウムノルトリプチリンなどは急性小脳失調症をきたす(表15-11-3).薬剤性無菌性髄膜炎はあまり注目されていないが,非ステロイド系抗炎症薬,抗菌薬,ST合剤,抗てんかん薬,免疫グロブリンやワクチン製剤などさまざまな薬剤でみられる.
 薬剤の種類,投与量・方法,併用薬剤・療法の有無,患者の年齢や全身状態によって異なるが,ほとんどの抗腫瘍薬が中枢神経障害を起こす.代謝拮抗薬や抗菌薬製剤は用量依存性に急性や遅発性の白質脳症,脊髄症,無菌性髄膜炎,小脳失調症を起こす頻度が高い.メトトレキサートでは投与開始後3~15カ月で発症し,人格変化,認知症などの精神症状,痙攣,病変によって失語,片または四肢麻痺小脳失調,意識障害を伴い,しばしば死亡する.頭部CTで広範な深部白質に両側性に低吸収域がみられ,MRIではT2強調画像で高信号域を示す.石灰化をみることもある.治療には葉酸代謝拮抗薬のホリナートカルシウム投与やステロイド・パルス療法などを行う.
2)パーキンソニズム:
抗精神薬,抗うつ薬,制吐薬は線条体におけるドパミン作動性シナプスを阻害する.抗精神薬はドパミンD2受容体を遮断し,パーキンソニズムを起こす.服薬開始後1週から数年で発症する.Parkinson病に類似した振戦,筋固縮,寡動,姿勢反射障害を認める.頭部MRIに有意な所見はなく,診断には薬物服用の聴取や薬剤の中止による症状の改善がみられることが重要である.急性期にはときにジストニア,アカシジア(静座不能)などがみられる.遅発性ジスキネジアは,これらの薬剤によって誘発される不随意運動で慢性期によく出現する.これには口顔面舌ジスキネジア,ジストニア,アカシジア,チック,ミオクローヌス,振戦などがある.
3)悪性症候群:
悪性症候群は抗精神病薬,抗うつ薬や抗Parkinson病薬の投与中や急激な中断後に起こる.高熱,発汗,血圧変動,頻脈,呼吸促拍,尿閉,筋固縮,意識障害,パーキンソニズムを生じる.未治療では死亡することもある.ときに横紋筋融解症を伴う.血清クレアチンキナーゼ(CK),血中・尿中ミオグロビンが上昇する.発症にドパミン受容体の急激な遮断に加えドパミン系とセロトニン系の不均衡の関与が示唆される.治療には十分な補液,身体の冷却を行い,筋緊張亢進,筋融解に対しダントロレンやドパミン作動薬のブロモクリプチンを投与する. 
4)薬剤性ニューロパチー,スモン:
抗腫瘍薬,抗菌薬,抗てんかん薬をはじめ種々の薬剤で生じる.薬剤によって感覚神経,運動神経,脳神経や自律神経障害が単独,または複数みられるが,感覚・運動性ニューロパチーが多い(表15-11-4).前角細胞や後根神経節細胞障害による軸索変性やSchwann細胞障害による節性脱髄の病理所見を示す.しばしば手足のしびれや異常感覚で発症し,四肢末梢優位の感覚障害,筋力低下,筋萎縮を生じる.深部反射は低下・消失し,神経因性膀胱や起立性低血圧などの自律神経障害を伴うこともある.筋電図,神経伝導検査,必要に応じ腓腹神経生検を行う.イソニアシドはピリドキシンを阻害するので,投与中はビタミンB6を予防投与する.
 スモンは,1955年頃からわが国に多発した,整腸剤のキノホルムが原因で起こる亜急性脊髄視神経ニューロパチーである.疾患名のsubacute myelo-optico-neuropathyの頭文字のSMONからスモンとよばれる.1972年には11127人の患者が存在したが,1970年に本薬剤の使用禁止後,患者の発生はない.腹部症状に続いて,脊髄症と末梢神経障害による感覚障害,下肢脱力,視神経障害が生じる.脊髄後索,特にGoll索や錐体路の変性がみられる. 神経筋接合部障害では重症筋無力様症状を生じる.
5)薬剤性ミオパチー:
こわばり,筋肉痛(自発痛,把握痛),筋力低下,筋萎縮を認めるが,血中CKの軽度上昇のみを認める無症候性から高度の筋力低下や筋萎縮を認め,急性腎不全をきたし,死に至る重症例までさまざまである.表15-11-5におもな薬剤性筋障害を示すが,診断には血液中の筋原性酵素の測定や筋電図のほか,筋生検が必須である.近年,高脂血症薬や免疫抑制薬による横紋筋融解症,グリチルリチン(甘草)による低カリウム性ミオパチー,抗精神病薬や抗Parkinson病薬よる悪性症候群,集中治療管理下の患者に対するステロイドや筋弛緩薬投与による急性四肢麻痺,麻酔薬による悪性高熱などが注目される.
 横紋筋融解症は薬物により急激に骨格筋細胞が崩壊,壊死に陥り,筋膜の透過性が破綻し,筋細胞内のミオグロビンが血中に逸脱し,ミオグロビン尿を生じる.一般には回復はよく,筋力は数週間で正常にもどるが,重症例では筋力回復は悪く,腎不全を伴い,しばしば多臓器不全やその他の合併症で死亡する.[熊本俊秀]
■文献
Harris J, Chimelli L, et al: Nutritional deficiencies, metabolic disorder and toxins affecting the nervous system. In: Greenfield’s Neuropathology, 8th ed (Love S, Louis DN, et al eds), pp 675-731, Hodder Arnold, London, 2008.
熊本俊秀,上山秀嗣,他:中毒性ミオパチー (薬物,毒素によるミオパチー).骨格筋症候群(下巻)(諏訪庸夫,編),pp 233-274, 日本臨牀社,東京,2001.
Sieb JP: Myopathies due to drugs, toxins, and nutritional deficency. In: Myology, 3rd ed (Engel AG, Franzini-Armstrong C, eds), pp 1693-1712, McGraw-Hill, New York, 2004.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「薬物中毒」の意味・わかりやすい解説

薬物中毒 (やくぶつちゅうどく)
drug intoxication

医薬品をはじめ,殺虫剤,除草剤などの農薬や消毒薬などによる中毒をいう。医薬品による中毒では,覚醒剤中毒(覚醒剤),麻薬中毒(麻薬)などが有名であるが,医薬品による中毒や副作用については〈医薬品〉〈薬害〉の項を,農薬による中毒については〈農薬中毒〉,中毒一般については〈中毒〉の項を参照されたい。

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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