翻訳|morphine
モルフィンともいう。アヘンの主成分で,産地によって異なるがアヘンに9~14%含まれる。モルヒネは1805年ドイツの薬剤師F.W.A.ゼルチュルナーによって初めて分離され,1952年M.ゲーツらによって化学的に合成された。分子式C17H19NO3,分子量285.3のアルカロイドで,分解点254℃,[α]25D=-132°の苦味をもつ無色結晶。薬物としては,塩酸塩または硫酸塩が用いられる。
モルヒネの名前は,ギリシア神話の眠りの神ヒュプノスHypnosの子の夢の神モルフェウスMorpheusに由来するもので,これは主作用である鎮痛作用と同時に,痛みに伴う不安を除き,不快な感覚を忘れさせて快感をもたらし,陶酔をきたす作用による。この性質は,習慣性を生じる原因ともなり,しだいに用量を増やさなくては初めの効果が得られない状態,すなわち耐性を生じるとともに,いわゆるモルヒネ依存,モルヒネ中毒をきたすため,麻薬に指定されている。
少量で強い鎮痛作用に加え,呼吸抑制作用を現し,さらに睡眠におちいる。胃に対しては,運動を抑制し,胃酸の分泌を減少させる。幽門括約筋を収縮するため,食物は胃内にたまりやすく,また,腸管平滑筋の緊張を高めるとともに蠕動(ぜんどう)運動を抑制し,水分の吸収を増加させるため,強い止瀉(ししや)(下痢止め)作用を示す。この作用には,括約筋の収縮と排便反射の抑制も加わる。また,平滑筋である輸胆管や輸尿管の収縮と括約筋の緊張のため,結石の排出は妨げられる。一般に消化液の分泌を抑制し,消化時間を延長するほか,外分泌腺の分泌も,汗腺を除いて抑制される。手術に際しては,鎮痛・鎮静作用だけではなく,分泌抑制,蠕動抑制,新陳代謝低下などの総合作用に加え,これにアトロピンまたはスコポラミンを混合した製剤が,基礎麻酔の目的で賞用される。
おもな副作用としては,呼吸抑制のほかは,悪心,嘔吐,便秘などの消化管症状である。大量摂取による急性中毒では,昏睡,縮瞳,体温降下,呼吸抑制から呼吸停止で死亡する。急性中毒,とくに呼吸抑制には,拮抗薬のナロルフィンnalorphine,レバロルファンlevallorphanなどを適用する。小児,老人,衰弱者にはとくに呼吸抑制作用が強く現れるため,使用には注意を要する。また,胎児にも移行するほか,分娩時母体に注射されたモルヒネによって,新生児が呼吸抑制を起こすこともあり,さらに母乳中へも移行するので,授乳中の婦人への投与は避けるべきである。モルヒネ反復摂取による慢性中毒は,いわゆる精神的依存に加え,身体的依存となった状態で,この場合は薬の摂取がやめられなくなり,また,薬を断つと依存の程度によって,あくび,流涙,鼻汁,発汗,散瞳,振戦,鳥肌,食欲不振,不安,嘔吐,下痢,発熱,呼吸数増加,血圧上昇,体重減少などの退薬症候が現れ,ときに痙攣(けいれん)から生命に危険をきたすこともある。このような依存形成の危険性が強いため,モルヒネはほかの鎮痛薬では無効の場合や,急を要する激痛に対してのみ用い,乱用は避けねばならない。通常,経口投与では1回5~10mg,1日15mg,皮下注射では1回5~10mgが用いられる。
→アヘン →麻薬
執筆者:金戸 洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
代表的なアヘンアルカロイドで、1805年ドイツの薬剤師ゼルチュルナーSertürnerによってアヘンから単離された。塩酸塩である塩酸モルヒネが、おもに鎮痛剤として医薬用に使われる。白色の結晶または結晶性粉末で、においはない。水に溶けやすく、光によって変化する。麻薬及び向精神薬取締法により取扱いが規制されている毒薬である。
モルヒネの鎮痛作用は中枢神経系に作用することによるが、その特徴は睡眠に陥る前または睡眠を伴わずにおこり、多幸感をおこす。量を増すと、傾眠状態、悪心、嘔吐(おうと)、呼吸抑制がみられる。そのほか、抗利尿ホルモンの分泌を促進して尿量の減少をみたり、高血糖の発現や瞳孔(どうこう)の収縮もみられる。腸管に対しては便秘がおこる。したがって、モルヒネの薬理効果は鎮痛のほか、止瀉(ししゃ)剤として頑固な下痢症の治療にアヘンチンキなどが用いられたり、催吐剤としてアポモルヒネが使われる。
モルヒネは繰り返して用いることにより耐性を生ずるとともに、身体性依存および禁断現象が現れる。しかし、癌性疼痛(がんせいとうつう)にはなくてはならない鎮痛剤であり、注射のほか、錠剤、顆粒(かりゅう)剤、液剤があり、とくに特効製剤(徐放(じょほう)錠、カプセル、細粒)が内用で癌性疼痛のコントロールに繁用されている。また、副作用である呼吸抑制に対しては麻薬拮抗(きっこう)剤であるナロルフィン、レバロルファン、ナロキソンが用いられ、分泌液の増加に対しては硫酸アトロピンを配合したモルヒネアトロピン注射液が用いられる。
なお、モルヒネ誘導体のうち、ジアセチルモルヒネ(ヘロイン)は効力も大であるが副作用も大で、医薬用には使われていない。
[幸保文治]
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7,8-didehydro-4,5-epoxy-17-methyl-(5α,6α)-morphinan-3,6-diol.C17H19NO3(285.34).ケシ科Papaver somniferumの未熟果中に含まれる.アヘンの主アルカロイドで,約10% 以上含有される.強力な麻酔鎮痛作用を有し,その名称はギリシア神話の眠りの神Morpheusに由来する.通常,一水和物で得られる.白色針状または柱状晶.110 ℃ で水和水を失い,230 ℃ で分解し,紫色となる.1.32.pKa 6.13.アルカリ水に易溶,熱メタノールに可溶,水に難溶.-132°(メタノール).λmax 285 nm(水).酸化を受けやすく,また光によって褐色となる.塩酸塩(塩酸モルヒネ)は,皮下注射後数分で作用が現れ,半時間で極点に達し,数時間後に衰え,約半日後に消失する.このような鎮痛作用と同時に,不快感を忘れさせ,恍惚(こうこつ)感を起こさせるので,習慣性,耽溺(たんでき)性があり,麻薬に指定されている.LD50 500 mg/kg(マウス,皮下).[CAS 52-27-2]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(浅井文和 朝日新聞記者 / 2008年)
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… 作用の本体となるのは全量の約25%を占める20種以上のアルカロイドであるが,これらは化学的には次のように二つに大別される。一つはフェナントレン骨格をもつモルヒネ(10~16%),コデイン(0.8~2%),テバインthebaine(0.5~2%)であり,他の一つはイソキノリン骨格をもつパパベリンpapaverine(0.5~2.5%),ノスカピンnoscapine(ナルコチンともいう。5~7%)で,これ以外のアルカロイドの含量はきわめて低く,ほとんどが0.01%以下である。…
…たとえば,間脳の第三脳室を取り囲む部分を電気で刺激して痛みを抑えるのに成功したという報告がある。このほか,痛みの強力な治療薬であるモルヒネと似た物質が脳の中でつくられることも知られている。脳や脊髄にはモルヒネと特異的に結合する受容体があって,この受容体と結合する活性物質を探し求めた結果発見されたものである。…
…1820年,ハーメルンに薬局を開設した。薬局での仕事のかたわら,アヘンに含まれる〈睡眠物質〉の研究に従事し,1805年モルヒネの単離,抽出に成功した。彼はこの結果を05年,06年と2度にわたって発表したが,当時は世の注目を集めることとならず,17年の再出版でようやく認められることとなった。…
…作用部位とその作用の特徴によって,麻薬性鎮痛薬と解熱性鎮痛薬に大別される。
[麻薬性鎮痛薬]
天然のアヘン製剤をはじめ,その主成分アルカロイドであるモルヒネ,コデインと,モルヒネの化学構造の一部を変えた半合成品のエチルモルヒネ,オキシコドン,ジヒドロコデイン,さらに合成麻薬のペチジン,メサドンなどが含まれる。合成麻薬の化学構造も,基本的にはモルヒネの構造に由来したものが多い。…
…ジアセチルモルヒネdiacetylmorphineの一般名。モルヒネのアセチル化によってつくられる。…
…薬理学的には,アヘン総アルカロイドと,これから分離して得られるモルヒネ,コデイン,これらの半合成体(ヘロイン,オキシコドンなど),およびモルヒネ類似の薬理作用と依存性を有する合成薬物(ペチジンなど)をさす。英語はギリシア語のnarkē(麻酔,麻痺)に由来し,これらの薬物を摂取すると,意識が混濁したり,感覚が麻痺状態になることから,麻酔様状態を起こす薬物の意でつけられた。…
…それらの中で,薬効と関連するものを有効成分という。化学成分の研究は1803年F.ゼルチュルナーがアヘンからモルヒネを単離して以来,キナ皮からキニーネ,タバコからニコチン,吐根からエメチン,コカ葉からコカイン,さらにストリキニーネ,アトロピン,ヒヨスチアミン,エフェドリンといった重要な,生理活性の強いアルカロイドがいろいろな薬用植物から次々と単離された。さらに1837年J.F.リービヒとF.ウェーラーがアミグダリンを加水分解して糖を得たことから,配糖体が薬効成分として大きな位置を占めることが知られるようになった。…
※「モルヒネ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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