最新 心理学事典 「発明・発見」の解説
はつめい・はっけん
発明・発見
invention/discovery
【研究方法論】 一般的な用法では,発明と発見ということばは人類史上初めてという意味で,歴史的な意義をもつものを指す。しかしこの種の発明と発見を心理学的に研究することはきわめて難しい。これは主にその過程のデータを得ることが困難であること,またそれらの内容を詳細なレベルで理解することが困難であることに由来する。そこで発明と発見の心理学的研究を行なう場合には,歴史的なレベルの新規性ではなく,個人史的なレベルでの新規性を対象とすることが多い。個人史的なレベルの新規性とは,他の人がすでに知っていることであっても,当人がそれまでに知らなかったことを見つけ出したり,行なった経験がなかったことを用いて課題を達成することを指す。
ここでは歴史的な発明と発見,および個人史レベルの発明と発見は同じプロセスとメカニズムを用いて行なわれるという仮定がある。つまり,発明と発見は知覚,記憶,概念形成,問題解決,推論などの通常の心理機能を用いてなされるとみなすのである。よって,発明と発見は一部の天才のもつ神秘的な能力の発露ではないことになる。
発明に関する心理学研究では,部品となるものを与えて新規なものを作らせる発明課題や,身近な対象物の別の利用方法を考案させる課題が用いられる。発見に関する研究では,データの系列からそれを支配するルール,法則を見いだす帰納推論課題や系列完成課題が用いられる。被験者自らがコンピュータ上で実験を実施してデータを収集できるシステムを用いて,発見のプロセスを明らかにしようとする研究もある。また解自体は単純だが,解法が非標準的であるために,解決に多大の困難を伴う洞察問題を用いて,ひらめきのプロセスやメカニズムを研究することもある。洞察問題解決研究ではなぞなぞやパズルなどが用いられることが多い。これらの課題の正答率,解決時間,ストラテジーなどの分析を行なうのが一般的である。また眼球運動や生理指標,脳活動計測などの手法も用いられるようになってきた。
【歴史と現状】 発明と発見についての心理研究は,20世紀前半にゲシュタルト心理学者たちによって数多くなされた。とくにひらめきのメカニズムが再体制化を伴うとする知見は重要な提案である。またワラスWallas,G.は洞察insightの4段階説(準備期,孵化期,啓示期,検証期)を提案した。その後,行動主義が隆盛になると,実験心理学の分野ではS-R主義のもと,動物研究が主流となり,発明と発見などの高次認知過程の研究はきわめて少なくなった。その一方,知能研究においては発明と発見に深くかかわる知能の創造的な側面(たとえばギルフォードGuilford,J.P.の拡散的生成divergent production)を因子分析などの手法を用いて定式化する試みがなされた。
1980年代に入り,認知心理学,認知科学が広がるにつれ,徐々に発明と発見についての心理学的研究が増加した。フィンケFinke,R.A.らのグループは創造的認知アプローチを提唱し,発明の過程の研究を体系的に進めた。また科学的発見についてはクラーKlhar,D.らの二重空間探索としての科学的発見モデル(SDDS),ケプラーの法則Kepler's lawなどを人間の用いるヒューリスティックスにより発見するBACONというコンピュータ・モデルなどが提案された。また洞察問題解決についても,制約とその緩和という観点から内外で活発な研究が展開されるようになった。
【発明と発見を阻む要因】 発明と発見は多くの困難を伴い,失敗の繰り返しの中から生み出されることが多い。人間がすぐさま発見を行なうことができない原因については多くの研究がなされてきた。一つの原因として,固着fixationが挙げられる。人間はある特定の解釈や考え方に固執し,他の可能性を考慮しない場合がある。とくに物,道具の用途についてその典型的な用途に固執し,別の可能性を考えないことを,機能的固着functional fixednessとよぶ。
それまでの経験が発明と発見を阻む場合もある。人は特定の解決方法がうまく機能することが繰り返し経験されると,似たような問題を与えられたときには十分な分析を行なわずに,同じ解決方法を用いようとする。ルーチンズLuchins,A.S.は水瓶問題を用いて,人間のこの傾向を明らかにし,構えの効果Einstellung effectとよんだ。こうした人間の傾向は問題解決の構えproblem-set とよばれることもある。
1990年代になるとこうした人間の傾向性を制約constraintとしてとらえる考え方が広まった。制約という用語は,世界が提供する膨大な情報や,人が行ないうる多様な解釈の中から,経験的に見て有用であるものを選び出すフィルタという意味で用いられることが多い。この意味で制約自体にはネガティブな意味合いは含まれない。しかし,発明と発見を伴う課題においては,通常の事態ではうまく働く制約が探索の可能性を逆に狭めるために解にたどり着けなくなるのである。
【発明と発見のメカニズム】 科学的発見にかかわる逸話などでは,当該の発見活動とは別の活動を行なっている時に発見がなされることがよく報告される。これはあたためincubationとよばれる。あたためとは鳥などが卵を孵化させるために,じっと抱えてあたためている様子を指す。鳥は一見何もしていないように見えるが,これを通して卵の孵化を促している。これと同じように科学者も一見発見活動は行なっていないかのように見えるが,認知の状態が発見に向かって自己組織的に変化していると考えられる。発明と発見におけるあたための効果は偶然によると解釈することもできる。つまり実験室や机上では得られない有益な情報が,別の活動の中には存在しており,それゆえ発見ができたとも考えられる。発明と発見の意図が存在しない状態でそれが達成されることは,セレンディピティserendipity(偶然による発見)とよばれるが,あたためもその一種とみなすことができるかもしれない。
発明と発見の阻害要因が制約の存在であるとすれば,その制約が除去されればよい。しかし,制約は通常の生活でうまく機能しているから定着しているのであり,それを完全に除去することはできない。よって制約の働きを弱めること,つまり制約緩和constraint relaxationを行なうことが重要となる。制約緩和には失敗経験が必要となる。これは失敗によってその時に利用された制約の有用性が低下し,結果として制約の逸脱,すなわち非標準的なアプローチが可能になるためである。失敗経験を正しく理解するためには,目標となる状態と失敗した状態との間の差異をできるだけ正確に把握する必要がある。したがって目標状態のイメージを明確に保持することは,発明と発見にとって重要な意味をもつ。
一方,目標やそれに基づく評価が逆に新規なアイデアの創出を妨げる場合もある。たとえば,ある対象の新しい用途を考えるような場合や,おもしろいアイデアを見つけ出す場合などは,初期に安易な評価を行なうことで創造的な活動が妨げられることがある。こうした場合には,頭に浮かぶイメージを次々と産出させる活動や,評価を停止してそれを基にアイデアを広げる活動が重要であるという指摘もある。 →想像力
〔鈴木 宏昭〕
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