内科学 第10版 「盲係蹄症候群」の解説
盲係蹄症候群(腸疾患)
上部消化管内の腸内細菌数が異常に増加する,あるいは腸内細菌構成菌種が変化して増殖することによって吸収不良症候群を呈する病態はbacterial overgrowth(腸内細菌異常増殖症候群)と総称される.盲係蹄症候群は手術により生じた解剖学的盲係蹄にbacterial overgrowthをきたす病態を指す.
病態生理
ヒト消化管内には多い人では2000種類,100兆個の細菌が常在する.腸管内の常在細菌叢は生後まもなく形成された後,その恒常性が生涯にわたって比較的に保たれる.胃酸による抗菌作用と生理的な消化管運動によって胃および上部小腸の細菌数は少数であり,健康成人の空腸で102~3 /g内容物程度とされるが,回腸終末部で107~8,大腸では1011~12 に達する.また,回腸終末部を移行帯として,空腸では好気性菌群,大腸では嫌気性菌群が優勢菌種を構成する.常在腸内細菌叢は腸粘膜上皮細胞回転,消化管運動,血流,粘膜リンパ装置(GALT)の形成にかかわるなど小腸の形態と機能維持に有益な作用をもたらすとともに,腸管内の未吸収の糖を分解し大腸粘膜のエネルギー源として利用される単鎖脂肪酸に転換するほか,ビタミンKや葉酸といった微量栄養素を産生する.一方,常在腸内細菌叢は外来性病原性細菌の管腔内コロニー形成を防ぐ. 腸管細菌の定着・増殖には消化管運動,胃酸,膵消化酵素,腸粘膜粘液層,粘膜免疫が関与し,その障害によってbacterial overgrowthを生じる.盲係蹄,小腸憩室,Crohn病・放射線照射・手術操作による腸管狭窄といった解剖学的異常や内瘻形成のほか,糖尿病・強皮症・特発性偽性腸閉塞・放射線腸炎・Crohn病に伴う消化管運動低下の機能的障害がその原因となる.また,慢性膵炎,肝硬変,腎不全末期,免疫不全,加齢さらには無酸症や薬剤による胃酸分泌低下も要因となる. 本症では,増殖した細菌によって胆汁酸が脱抱合され空腸から吸収されるため食事性脂肪のミセル化に必要な胆汁酸が欠乏し脂質や脂溶性ビタミンの吸収不良を生じる.ビタミンKや葉酸は先の理由からその欠乏は一般的にまれとされる.脱抱合された胆汁酸(リトコール酸)は上皮細胞傷害をきたして刷子縁膜酵素の二糖類分解酵素(disaccharidase)活性の低下をもたらすほか,脂質やほかの栄養素の吸収不良の原因となる.また,内因子と結合したビタミンB12が増殖した嫌気性菌に取り込まれるためにビタミンB12欠乏がみられる.一方,増殖した細菌の代謝産物は乳酸アシドーシスや肝性脳症の誘因となる.
臨床症状・診断
腹痛,腹鳴,下痢(脂肪便),体重減少,振盪音を伴う腹部膨隆,大球性貧血,脂溶性ビタミン欠乏症状などの吸収不良症状を認める場合には本症を考慮する. 診断は小腸液を採取培養して細菌異常増殖(105CFU/mL以上)を証明することが基本となるが,手技の煩雑性,採取部位で結果が異なること,難培養性細菌の扱いなど困難を伴う場合が多い.このため,細菌代謝産物を検出する種々の呼気試験が用いられている.このうち14C・13C-d-キシロース試験が最も感度・特異度が高い.より簡便な方法として水素・メタン呼気試験が用いられるが消化管通過時間に影響され感度・特異度は劣る.Schilling試験の抗菌薬投与後の改善といった治療的診断も有用な場合がある.一方,画像診断にて本症の原因となる病変を証明することは根本的な治療につながる.
治療
本症の治療は原因疾患・病変に対する治療,吸収不良に対する栄養療法と抗菌療法よりなる.盲係蹄など解剖学的な病変や狭窄・内瘻に対しては外科手術の適応が考慮される.抗菌療法は症状改善を基本とした広域スペクトラムを有する抗生物質・抗菌薬の単剤あるいは併用療法が用いられる.症状改善のために周期的投与あるいは継続投与を必要とする場合もある.[藤山佳秀]
■文献
Dibaise JK, Young RJ, et al: Enteric microbiota, bacterial overgrowth, and short-bowel syndrome. Clinical Gastroenterology and Hepatology, 4: 11-20, 2006.
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出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報