一つの経済活動の過程において、活動主体によって考慮され負担されることがなく、第三者または社会全体によって負担されることになる費用または損失のことである。この活動主体を企業に限定する場合もあり、また社会的費用をこのような費用・損失に問題の活動主体が負担するものを加えて定義する場合もある。しかし、これらの定義をとる場合でも、社会的費用が問題とされるのは、最初にあげたような費用または損失が存在するからであり、したがって社会的費用論の中心はこの点にかかわると考えてよい。
たとえば、道路の建設に際しては、用地買収費、セメント代、人件費といった私的費用は道路の建設主体によって当然に負担される。しかしそのことによって、貴重な動物が滅び、植物が枯渇したとしても、その破壊に対する費用は問題の主体によっては負担されず、第三者が自然破壊という形で損失を負わされることになるかもしれない。同様のことは、海岸の埋立てによる環境破壊、工場排水による河川や海水の汚染、自動車の利用による交通事故死、あるいは騒音・振動・排気ガスに基づく沿線住民の被害等々、日常生活のなかに数多く観察することができる。
このような社会的費用の存在は、実は例外的なことではなく、むしろ、経済に普遍的なものであるとして、経済学をこのような視点から再構築しようとしたのがアメリカの経済学者K・W・カップ(1910―76)である。
もし社会的費用が存在するならば、それは経済活動の当事者によって負担されないのであるから、そのような資源は過小評価され、過剰に使用されていることになる。資源の効率的配分という点からは、資源は社会的費用を含む価格で評価される必要があるのであって、そのためには、このような費用を当該主体が負担するよう内部化しなければならない。その一つが、環境破壊についてしばしば提案される汚染者負担の原則polluter pay principle(略称PPP)である。これは、公害発生源者に、それに伴う費用を負担させるという考え方である。
しかし社会的費用については、その大きさの算定、発生源者の特定、負担の仕方など、多くの困難が存在している。
[大塚勇一郎]
『K・W・カップ著、篠原泰三訳『私的企業と社会的費用』(1959・岩波書店)』▽『K・W・カップ著、柴田徳衛・鈴木正俊訳『環境破壊と社会的費用』(1975・岩波書店)』
企業は生産活動を行うことによって,新たな社会的価値を生み出していると同時に,社会に存在する労働力や原材料などのさまざまな資源を使用している。これらの投入物は,もしも他の用途に使われていたならば,別の価値を生み出していたはずであり,その意味で企業が社会的に発生させる費用である。さらに,同じ企業が騒音,悪臭,汚水などの公害を発生させているならば,それによって,きれいな空気や水,静かな環境が犠牲にされているのであって,これも企業が社会的に発生させた費用である。このように,経済活動によって社会的に損なわれる価値額を,その経済活動にともなう社会的費用という。これらの社会的費用は,発生者である企業が負担するか,あるいは第三者によって負担される。労賃,原材料費など最初に記した費用は,通常,発生者たる企業によって負担される。このように発生者が費用を負担するとき,それは私的費用と呼ばれる。他方,騒音,悪臭,汚水などの公害は,それらがたれ流しにされると地域の住民がその費用を負担する(被害をこうむる)ことになる。このように,発生者が費用を負担せずに第三者がそれを行うとき,その費用を外部費用という。換言すれば,社会的費用はそれをだれが負担するかによって,私的費用と外部費用に分けられる。
外部費用を減らすことは社会的に望ましい。それを行うための方法として,第1に企業が被害者に対して被害者の損失を償うに十分な補償金を支払うこと,第2に,企業がある一定限度を超えた公害を発生することを法的に禁止することが考えられる。後者の場合には,企業はみずからの費用で公害の発生を防止しなければならない。いずれの場合にも,外部費用は私企業によって負担され,私的費用に変わる。これを外部費用の内部化と呼ぶ。外部費用は生産活動だけでなく,消費活動でも発生する。車を運転してドライブを楽しむ場合,消費するガソリンやタイヤの摩耗は私的費用であるが,ドライブによって発生する騒音,混雑,排気ガス,振動などは外部費用であり,両者がドライブに伴う社会的費用となる。
逆に,個人の行動が,その個人に帰属する便益以上の便益を社会にもたらす場合がある。植林は,それを行う個人に収入の増加という便益をもたらすだけでなく,洪水の防止,緑化など個人を超えた便益を社会にもたらす。したがって,植林の社会的便益は私的便益を超えており,その差は外部便益と呼ばれる。
執筆者:奥野 信宏
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…そして,長期平均費用が最適産出量x*の増加につれて増加するとき,そこには〈規模の不経済性〉が支配しているという。
[社会的費用理論]
企業が生産物を生産するときにみずから支払う費用は,企業の内部で費用として計上されているのであるから,費用が内部化されたものである。企業が生産物の生産に際して廃棄物が生じ,それをみずから処理しないと,企業の外部でこれを処理し,社会がその費用を負担することになる。…
※「社会的費用」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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