河川・湖沼および海域が人間活動や自然によって汚染され、これが人間および生態系に害を及ぼすこと。
[高橋敬雄]
発生源には人間の生活、生産活動、突発事故、自然などがある。人間の生活では屎尿(しにょう)、生活雑排水などがあり、生産活動では工業における工場排水、建設業における埋立てや山砂利洗浄に伴う排水、鉱山排水、農業における肥料・農薬、畜産業における養豚場・養鶏場からの排水などがあり、廃棄物処分場からの排水もある。突発事故では衝突、座礁などに伴う航行船舶からの油流出などがある。自然界においても、流域から腐植が多く供給されて水道水源として不適な河川や、酸性物質が供給されて水素イオン濃度(pH)が低く、魚など生物の生息を困難にしている河川などがあり、これらも水質汚濁の一種と考えることができる。
[高橋敬雄]
汚濁の種類は生物有害性、溶存酸素消費、富栄養化、感染症の発生、水温変化などに大別される。
(1)生物有害性 シアン、重金属、人工有機化合物(農薬やプラスチック成分など)は、短期的、長期的に人間を含む生物にとって有害である。シアンは急性毒性を有し、過去にしばしばメッキ工場から漏出し問題となった。重金属はカドミウム、水銀、鉛、ヒ素などで、鉱工業から排出されて、たとえばイタイイタイ病は精錬所排水に由来するカドミウムが河川に流入し、これを生活用水に使ったことから起き、水俣(みなまた)病は工場から排出されたメチル水銀が川や海に流出して魚介に濃縮され、これを人間が食べたことによって起きた。農薬は除草や病害虫防除のため農地で使用されるとまもなく河川に流出する。プラスチックの一種であるポリカーボネートの成分ビスフェノールAなどの環境ホルモン(内分泌攪乱(かくらん)化学物質)は、生物の内分泌系を乱すことが知られており、国内河川の至る所で検出されている。
(2)溶存酸素消費 生活排水や食品工業、醸造業、酪農業や畜産業、製紙工場などからの排水は有機物質を多く含む。これが川に入り微生物により分解されると、水中の溶存酸素を消費するため、周辺生物に影響し、構成生物種を変化させる。排水の溶存酸素消費量の指標としては、生物化学的酸素要求量(BOD)あるいは化学的酸素要求量(COD)が用いられる。
(3)富栄養化 富栄養化とは、排水が湖沼、内湾などの閉鎖水域に流入して窒素、リンが蓄積し、プランクトンが異常増殖する現象で、湖沼ではアオコ、水の華、海では赤潮とよばれる。その結果、透明度が下がり生物分布が変わり、魚を斃死(へいし)させ、浄水場の濾過(ろか)池を目づまりさせ、景観を損ね、観光資源としての価値を減ずるなどの被害をもたらす。
(4)感染症の発症 人畜の屎尿が主要な感染症発生源である。過去に多くの人命を奪った赤痢、コレラ、チフスは先進国ではほぼ制圧されたが、病原性大腸菌O157や原虫の一種であるクリプトスポリジウムなど、新手の微生物による感染症が内外で大発生し問題になっている。
(5)水温変化 製造業や発電所の冷却水は使用後に水温が上昇し、これが水系に排出されると、溶存酸素の減少、生物種の構成の変化などを引き起こす。
[高橋敬雄]
第二次世界大戦後の経済活動は1950年(昭和25)の朝鮮戦争特需を契機に復活し、50年代後半には経済の高度成長が始まり、各地に進出した工場の排水によって川と海が急速に汚染されていった。1958年には本州製紙江戸川工場(東京)の排水被害に怒った漁民と同社の紛争が起こり、これを契機に「公共用水域水質保全法」「工場排水規制法」がつくられ、70年の「公害国会」ではこの2法にかわり「公共用水域の水質汚濁の防止に関する法律」(水質汚濁防止法)が制定された(本州製紙は1996年王子製紙と合併)。さらに翌71年には「水質汚濁に係る環境基準」が設定された。この結果、工場排水規制が徹底されるようになった。
下水道は、1930年の時点で全国25市13町に設けられていたが、以後1950年代までは第二次世界大戦の影響でほとんど建設されなかった。1958年に下水道法(所管は建設省、現在は国土交通省)が全面改正され、63年には初の下水道整備五か年計画が始まった。その目的は衛生的、快適な都市生活を実現するための便所の水洗化にとどまっていた。しかし高度成長とともに都市に人口が集中し、屎尿以外に人間の生活に由来する排水(厨房(ちゅうぼう)、洗濯、風呂など)も水質汚濁に大きく影響するようになったため、前記の公害国会では下水道法の目的に「公共用水域の水質保全に資すること」が付加され、以後巨額の予算が下水道建設に投じられるようになった。また農漁村の下水道建設も農林水産省の手で始まった(それぞれ農業集落排水事業、漁業集落排水事業という)。
家庭用屎尿浄化槽(以前の所管は厚生労働省、現在は環境省)は便所の水洗化を実現するもので、高度成長期以降広く普及したが、浄化度が低く生活雑排水は垂れ流しであった点が問題視されるようになり、1980年代以降、屎尿、生活雑排水を同時に効率的に処理する合併処理浄化槽の開発と普及が進み、2001年(平成13)4月からは、新設浄化槽はすべて合併処理浄化槽とすることが義務づけられた。
2006年3月末の時点で、国民のうち下水道の利用者は64.1%、合併処理浄化槽の利用者は10.0%で、どちらの場合も屎尿と生活雑排水は適切に処理されている。くみ取り便所の利用者は11.1%で、ほとんどの屎尿はくみ取られたのち公共の手で適切に処理されている。しかし同じ利用者が排出する生活雑排水は垂れ流しである。屎尿のみ処理する単独処理浄化槽の利用者はまだ14.8%もいて、低劣な処理水が環境中に放流されている上に、ここでも生活雑排水は垂れ流しである。
これより10年前の1996年3月末において、下水道、合併処理浄化槽、くみ取り便所、単独浄化槽の利用者の割合はそれぞれ、47.5%、7.1%、24.6%、20.8%であり(環境省『日本の廃棄物処理』による)、その後の10年間に、環境中に垂れ流される生活排水中の汚濁物量は約45%から約26%に減った。
総じて、工場排水による慢性的で顕著な水質汚濁は姿を消し、生活排水の浄化も徐々に進んでいる。農業排水は、従来から問題になっている畜産排水に加え、施肥により環境中の窒素とリンが豊富になり、藻類などの有機物の繁殖を促進させて(内部生産)、農村地帯の水環境を慢性的に汚染している。また農産物の工業的生産(キノコ等)が盛んになり、この排水による環境汚染が各地で問題になっている。
前述のように国民の生活排水の4分の1は依然垂れ流しで、これと農業排水が、多くの河川、琵琶(びわ)湖などの湖沼、内湾の水質改善を遅らせている。またこれまでは、もっぱら人間に対する直接の影響に関心が注がれていたが、生態系全体が人間の生存を支えているという認識が高まり、水質汚濁の生態系への影響が注目されている。
[高橋敬雄]
『公害防止の技術と法規編集委員会編、通商産業省立地公害局監修『二訂 公害防止の技術と法規(水質編)』(1983・丸善)』▽『樋口忠彦著『グラフィックス・くらしと土木8』(1985・オーム社)』▽『高橋敬雄著『水がのめなくなる!?』(1993・ポプラ社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(畑明郎 大阪市立大学大学院経営学研究科教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
おもに人間活動によって引き起こされる,河川,湖沼,海洋などの汚れをいう.生活排水や工場廃水の流入が汚濁原因となっている.汚濁物質には,赤潮の原因となる窒素およびリン化合物などの有機物質,濁りの原因となる浮遊懸濁物質,各種金属,農薬などがある.汚染状態を示す指標として,pH,BOD,COD,SS,大腸菌数などがある.こうした汚濁防止を目的として,工場や事業所が排出する際の基準(許容基準)が,水質汚濁防止法により定められている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…人間の生活や農業,鉱業,工業などあらゆる生産活動による汚水の排出と,流域地質や土壌含有物質の流出とによって,地表水,地下水を問わず,自然水域または公共用水域の水質が物理的,化学的,生物学的に変化する現象を総称して水汚染または水質汚濁water pollutionという。しかし一般的には,人間や生物にとっての水資源,水環境の利用価値の低下をきたす狭義の水汚染が問題になることが多い。…
※「水質汚濁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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