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福原信三 ふくはらしんぞう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福原信三
ふくはらしんぞう

[生]1883.7.25. 東京
[没]1948.11.4. 東京
芸術写真家。資生堂の前身福原資生堂薬局の長男に生れ,千葉薬学専門学校卒業後,コロンビア大学に留学。油絵と写真に興味をもち,帰途イギリスカメラを入手して 1913年帰国。 21年写真芸術社の創立同人となり,翌年『パリとセーヌ』『光と其諧調』などを発表,のち日本写真会を結成して日本の芸術写真界に重きをなした。

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百科事典マイペディアの解説

福原信三【ふくはらしんぞう】

写真家。銀座で資生堂薬局(現資生堂)を経営する福原有信の三男として東京に生まれる。青年時代には写真,日本画,油絵を学ぶ。家業を継ぐために,千葉医学専門学校入学,1908年に米国,コロンビア大学薬学部に留学。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

福原信三 ふくはら-しんぞう

1883-1948 大正-昭和時代の写真家,実業家。
明治16年7月25日生まれ。福原有信(ありのぶ)の3男。コロンビア大で薬学をまなび,大正2年帰国。父とともに資生堂を経営,昭和3年社長となる。中学時代から写真をまなび,大田黒元雄らと「写真芸術」を創刊,独自の芸術写真論を展開した。昭和23年11月4日死去。66歳。東京出身。千葉医専卒。写真集に「巴里(パリ)とセイヌ」「光と其(その)諧調」など。

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江戸・東京人物辞典の解説

福原信三

1883〜1948(明治16年〜昭和23年)【実業家】徹底した美意識で会社経営。 今や世界的化粧品ブランドSHISEIDOを作り上げた。大正・昭和期の実業家。東京都出身。父は、帝国生命、資生堂の創始者福原有信。米国コロンビア大学に留学するなど、1913年(大正2)30歳で帰国するまで、欧米を歴訪し、化粧品やファッションアートを学んだ。1915年資生堂の経営に参加すると、シンボルマーク花椿をはじめ、ロゴタイプやパッケージ、宣伝物などのデザインに取り組み、アールデコを基調とする独特の資生堂のブランドイメージを確立した。1927年株式会社資生堂の初代社長に就任。事業だけでなく、写真芸術家としても国内芸術に様々な貢献をした。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふくはらしんぞう【福原信三】

1883‐1948(明治16‐昭和23)
日本の代表的なアマチュア写真作家。資生堂の創業者,福原有信の三男として東京に生まれ,中学のころから写真を始めた。千葉医学専門学校卒業後,1908年に渡米,コロンビア大学で薬学を学び,13年,ヨーロッパ経由で帰国した。21年に雑誌《写真芸術》を創刊して,本格的な芸術写真の啓蒙に乗り出す。印画の調子(トーン)を重視する,〈光と其諧調(そのかいちよう)〉論はよく知られている。写真集に《巴里とセーヌ》(1922),《西湖風景》(1931)ほか多数がある。

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大辞林 第三版の解説

ふくはらしんぞう【福原信三】

1883~1948) 写真家。東京生まれ。光と其その諧調論を唱え、抒情的な風景写真によって戦前の写真界に大きな影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福原信三
ふくはらしんぞう
(1883―1948)

写真家。東京生まれ。化粧品会社資生堂の初代社長を務めた企業家でもある。父有信(ありのぶ)(1848―1924)は東京・銀座で現資生堂の前身にあたる資生堂薬局を経営。信三は10代前半から日本画や水彩画・油絵を学び、14歳でアマチュア写真団体東洋写真会に入会。1906年(明治39)、千葉医学専門学校(現千葉大学)薬学科を卒業。08年渡米し、コロンビア大学薬学部に入学。10年に同大学卒業後、ニューヨークのドラッグストアや化粧品製造会社で働き、12年帰国を決め、その途中ヨーロッパへ渡る。滞在先のパリで画家川島理一郎らと交流、同時代の西欧美術から刺激を受けつつ、後に『巴里とセイヌ』(1923)として発表される長焦点レンズによる都市光景のスナップを撮影する。帰国後、資生堂薬局の経営をまかされ、16年(大正5)に京橋区竹川町(現中央区銀座7丁目)で資生堂化粧品部を開店。商品開発からショーウィンドーや商標「花椿(はなつばき)」のデザインまでを自ら手がけた。
 21年、弟の路草(ろそう)(1892―1946)、音楽評論家太田黒(おおたぐろ)元雄(1893―1979)らと新しい写真表現の推進をめざして写真芸術社を設立し、翌年に雑誌『写真芸術』を創刊(~1923)。自然のなかの光線のありようを色調の濃淡(調子)として精妙に写真印画に定着し、自然との感覚的・心理的な融合の境地を求めようとする「光と其(その)諧調」の写真美学を理論と実作の両面で展開。その主張は1920年代を通じ、芸術的表現を志向する日本のアマチュア写真家たちに広く影響を与えた。25年、芸術写真団体日本写真会の設立に参加し、初代会長となる。また27年(昭和2)、資生堂が株式会社となり取締役社長に就任した。
 写真家としての福原は、第一作品集『巴里とセイヌ』でソフトフォーカスによる描写を徹底して試み、大胆な構図やアングルで光と影の織りなす世界をとらえる独自のスタイルを確立したが、その後は、日本各地や中国の西湖(せいこ)地方などの水辺や田園の風景を題材として、よりシンプルで静謐な、東洋的な自然観を滲ませた作風へと向かった。36年ハワイのオアフ島を旅行し、その印象を作品集『布哇(ハワイ)風景』(1937)にまとめて以降、白内障のため視力が低下するが、日本写真会の後進メンバーの指導を晩年まで続けた。[大日方欣一]
『『巴里とセイヌ』『福原信三写真画集 光と其諧調』(ともに1923・写真芸術社) ▽『西湖風景』(1931・日本写真会) ▽『松江風景』(1935・日本写真会) ▽『布哇風景』(1937・日本写真会) ▽『福原信三随筆 写真を語る』(1943・武蔵書房) ▽『ニコンサロンブックス3 福原信三・福原路草写真集 光と其諧調』(1977・ニッコールクラブ) ▽『日本の写真家3 福原信三と福原路草』(1997・岩波書店) ▽「光とその諧調 福原信三・福原路草写真集 1913―1941」(カタログ。1992・ワタリウム美術館) ▽「光の詩情――福原信三の世界」(カタログ。1994・資生堂ギャラリー)』

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世界大百科事典内の福原信三の言及

【写真】より

…芸術という自覚のもとに写真を撮る者があらわれるのは,後の写真を趣味とするアマチュア写真家たちの出現を待たねばならない。すでに明治の後期にそのような動きはあったが,そうした系統の写真家として,1923年に日本で最初の写真芸術論というべき《光と其諧調》を発表した福原信三野島康三中山岩太を代表としてあげることができる。日本のアマチュア写真家も西欧と同様に絵画的主題からの影響はまぬがれなかったが,しかしなじみ深い山水画をはじめとする文化的・風土的背景の影響は,日本の地方色として著しい特徴となっている。…

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