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禖子内親王 みわこないしんのう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

禖子内親王 みわこないしんのう

ばいしないしんのう(1)

禖子内親王 ばいしないしんのう

崇明門院(すうめいもんいん)

禖子内親王 ばいしないしんのう

1039-1096 平安時代中期-後期,後朱雀(ごすざく)天皇の第4皇女。
長暦(ちょうりゃく)3年8月19日生まれ。母は中宮藤原嫄子(げんし)。8歳で賀茂斎院となるが,20歳で病のためしりぞく。従一位。和歌にすぐれ,天喜(てんぎ)3年の「六条斎院歌合(うたあわせ)」など25回もの歌合をひらいた。「詞花和歌集」以下の勅撰集に5首がはいる。嘉保(かほう)3年9月13日死去。58歳。通称は六条斎院。名は「みわこ」ともよむ。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

子内親王
ばいしないしんのう
(1039―1096)

後朱雀(ごすざく)天皇第二皇女。母は中宮(げんし)女王で、祐子(ゆうし)内親王の同母妹にあたる。1046年(寛徳3)3月、8歳で賀茂斎院(かものさいいん)に卜定(ぼくじょう)、1058年(天喜6)4月病により退下、六条斎院とよばれた。幼時より和歌を好み、永承(えいしょう)(1046~53)初年以降、生涯に二十五度の歌合(うたあわせ)を催行、それらには上東門院彰子(しょうし)、皇后寛子(かんし)、祐子内親王家各所属の女房が自由に交流参加、一つの文学サロンを形成していた。このうち1055年5月3日、18編の物語を新作、作中人物の歌を合わせた「六条斎院物語歌合」は文学史上有名である。「氷魚(ひを)のよる網代(あじろ)にかかる白波は水にふりつむ雪かとぞ見る」(承暦(じょうりゃく)二年十月十九日六条斎院歌合)など繊細な詠風である。[犬養 廉]

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