日本大百科全書(ニッポニカ) 「散佚物語」の意味・わかりやすい解説
散佚物語
さんいつものがたり
物語そのものは失われて、題名や内容の一部分のみ伝えられる物語。京都の天災や、戦乱、とくに応仁(おうにん)の乱による消失が大きかったと思われる。原作(古本(こほん/ふるほん)という)こそ現存しないが、『住吉(すみよし)物語』『海人(あま)の刈藻(かるも)』のように擬古(ぎこ)物語に改作されたり(今本(いまほん))、あるいは『海人(あま)物語』(原作は『あま人』)、『岩屋(いわや)の草子』(原作は『岩屋』)のように御伽草子(おとぎぞうし)に改作されて伝えられているものもある。『夜の寝覚(ねざめ)』『浜松中納言(はままつちゅうなごん)物語』のように何巻かでも残されている場合には、普通、散佚物語とはいわない。平安時代の作り物語で現存するものが約20編しかないのに対して、『源氏物語』(1000ころ成立)以前の成立が確実で散佚したもの約30編、『狭衣(さごろも)物語』(1080ころ)以前のもの約30編、『無名草子(むみょうぞうし)』(1200ころ)以前のもの約20編、鎌倉時代に入ると『風葉和歌集』(1271)以前の現存物語7編に対して散佚のもの約140編が知られており、物語史の研究のうえで重要な対象となっている。そのおもな資料に『三宝絵詞(さんぼうえことば)』序文、『枕草子(まくらのそうし)』「物語は」の段、『天喜(てんき)三年六条斎院(さいいん)物語歌合(うたあわせ)』、『源氏一品経(いっぽんきょう)』、『和歌色葉(いろは)』、『無名草子』、『物語二百番歌合』、『風葉集』があり、残存形態も、名のみ知られるものから、登場人物、場面、和歌、さらには粗筋のほぼわかるものまで、さまざまである。
散佚物語の考察には資料の性格の吟味と内容の復原はもちろん、現存物語と関連づけて史的な展開をにらむ視野が必要である。たとえば、『源氏物語』蓬生(よもぎう)巻で末摘花(すえつむはな)が見入る『からもり』『はこやの刀自(とじ)』『かぐや姫の物語』のうち前2編は、『竹取物語』と同様に求婚譚(たん)的、神仙譚的な伝奇とみられるが、そこに物語初期の様相をうかがうだけでなく、これらが当時でも古臭い読み物であったこと、それを慰みとする彼女が時代遅れの人物に造形されていることまで推察すべきであろう。事実、『源氏物語』がつくられる直前には、趣味の洗練された色好みの物語『交野(かたの)の少将』があり、『落窪(おちくぼ)物語』『源氏物語』『枕草子』『波のしめゆふ』で言及されるほど人気を博していた。またたとえば『玉藻(たまも)に遊ぶ権大納言(ごんだいなごん)』は、『堤中納言物語』のなかの一編「逢坂(おうさか)越えぬ権中納言」とともに1055年(天喜3)の『物語歌合』に提出されたもので、『狭衣物語』の作者といわれる六条斎院宣旨(せんじ)の作でもあって、作者、成立のはっきりした希有(けう)な例として、『無名草子』で第5位にランクされた作品として重要視されねばならない。
[三角洋一]
『松尾聰著『平安時代物語の研究』(1955・東宝書房)』▽『石川徹著『古代小説史稿』(1958・刀江書院)』▽『小木喬著『散逸物語の研究』(1973・笠間書院)』