移民法(読み)いみんほう(英語表記)Immigration Acts

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アメリカ合衆国において制定された移民制限に関する諸法。世界中の圧迫された人々のための避難所という理想を掲げ、建国後ほとんど無制限に移民を受け入れてきたアメリカ合衆国は、1875年、売春婦や犯罪人およびそうした前歴をもつ者の入国を禁止し、移民制限の第一歩を踏み出した。1882年、精神病者や入国後公共の負担となるおそれのある者などの入国を禁止する、より包括的な移民法が制定され、その後、一夫多妻主義者やアナキストなど、入国排斥対象は拡大していった。これらの移民法は、移民を個人の質や属性の面から選択し制限するという性格のものであり、その点では、1885年に制定され、以後次にわたって改正、強化された外国人契約労働者禁止法も同性格の立法ということができる。これに対し、1882年制定の中国人排斥法は、中国人移民の全面排斥を規定した点において、前記の諸立法とは性格を異にし、人種差別的移民法と特徴づけることができる。この種のものとしては、立法ではないが日本人移民を制限した1907、08年の日米両政府間の「日米紳士協約」、南アジアからの移民を禁止した1917年移民法中の一規定などがあげられる。
 移民の入国を単に質の面だけでなく、絶対数においても制限すべしという移民制限論の高まりのなかで制定された1924年移民法(通称ジョンソン・リード法)は、1890年の国勢調査時に合衆国に住む外国生まれの住民数を基準に、その2%を各国の入国許可者とするという割当移民制度を採用しつつ、移民の絶対数をも制限したという点で、先行の1921年移民法とあわせ、合衆国の移民政策の根本的な転換を画するものであった。同法はまた、1890年(1927年以後は1920年)を基準年とすることで、19世紀末以後急増しつつあった東欧、南欧地域からの移民(新移民)に著しく不利に作用したほか、合衆国の市民となる資格を有しない外国人の入国を禁止する第13条(C)項(いわゆる排日条項)によって日本人移民の全面禁止を規定するという、人種主義的性格の強い立法でもあった。同法によって、アジア諸国からの移民が全面的に禁止されたことは特筆されてよい。この国別割当制度は1952年の移民帰化法にも引き継がれたが、1965年の移民帰化法によってようやく廃止され、国や地域に対する差別も除去されるに至った。
 その後、合衆国の移民法は、かつては別個に扱われていた東半球と西半球とを統一的に扱い、年間の移民総数29万、1国当りの上限を2万とし、家族や近親者の入国を優先する、といった諸点を骨子とし、しだいに整合性のあるものになってきた。しかし、移民および難民の処遇の一体化、大量の非合法移民の排除と、すでに入国している非合法移民の処遇問題などは今後の課題として残されている。[大塚秀之]

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

アメリカが1882年以後,移民を制限するために制定した一連の法律
初期の移民法(1819年以後)は渡航中の混乱を緩和するためのものであったが,個人的選択を定めた1882年以後は,移民の質的低下防止目的とした。1917年に教育試験を課し,21年には国別割当制による集団制限に移行,24年の法では移民の数を制限した。

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