稽古堂(読み)けいこどう

山川 日本史小辞典 改訂新版 「稽古堂」の解説

稽古堂
けいこどう

陸奥国会津藩の初期の学問所。1664年(寛文4)藩主保科(ほしな)正之のとき,城下桂林寺町にあった岡田如黙の私塾を学問所に指定し,稽古堂と称した。85年(貞享2)から岡田定好を堂主とし,88年(元禄元),すでに1678年(延宝6)に本一之丁に設置されていた講所と合併して学科を定め,町講所(まちこうしょ)(1689年甲賀町東口に設置)も併せた。その後数度の改革拡張をへて,1799年(寛政11)日新(にっしん)館となった。

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旺文社日本史事典 三訂版 「稽古堂」の解説

稽古堂
けいこどう

江戸時代,会津藩の藩校
②江戸時代,但馬 (たじま) (兵庫県豊岡藩の藩校
寛文年間(1661〜73)ころ,藩祖保科正之 (まさゆき) が開設。1665年に山崎闇斎招聘。1799年整備拡充して日新館と改称した。
1833年,藩主京極高行が開設。漢学のほか蘭学・国学も行った。

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