翻訳|curare
南アメリカの熱帯低地,とくにアマゾン川やオリノコ川流域の原住民が毒矢の先に塗る黒褐色の毒物。毒を得る基源植物はいろいろであるが,もっとも代表的なものはマチン科ストリクノス属Strychnosの数種で,樹皮をよく煮たあとの煮つめた煮汁がクラーレである。また,ツヅラフジ科のバリエラChondrodendron,アブータAbuta,テリトキシクムTelitoxicumなどの諸属や,クスノキ科のネクタンドラ属Nectandraの植物も同様に矢毒として利用される。オリノコ川流域産のものはつぼクラーレpot-curareと呼ばれ,主としてストリクノス属植物から,ブラジル産のものは竹筒クラーレtube-curareと呼ばれ,主としてツヅラフジ科植物から,またギアナ産,コロンビア産のものはヒョウタンクラーレcalabash-curareと呼ばれ,ストリクノス属植物から得られたものとされている。それぞれ,ヒョウタンや竹筒,小型の壺などに入れて保存され,狩猟の際に矢の先に塗られる。
クラーレからは多数のアルカロイドが分離されているが,基源植物の異同によって含有するアルカロイドの種類が異なり,ツヅラフジ科のものからはツボクラリンなどが,またマチン科のものからはカラバッシュアルカロイドと称せられるものが得られている。筋肉のけいれんを止め,弛緩させる作用があるので,動物の運動機能を喪失させる目的で矢毒に用いられた。また,手術などの医療用に用いられる。
執筆者:山本 紀夫
クラーレに含まれる種々の物質のうち,ツボクラリンなどの有効成分の構造式が決定され,クラーレ剤の名で医薬として用いられる。
クラーレの作用部位が中枢神経系ではなく,神経筋接合部という運動神経と骨格筋との接合部位であることが,すでに1856年C.ベルナールによって示唆された。その後,さらに詳しい作用機序として,運動神経終末から遊離した伝達物質アセチルコリンの筋側の受容体への作用を,クラーレが競合的に妨げることが明らかにされた。現在では,ツボクラリンの化学構造をもとにして,これと似た作用を有する化合物(スキサメトニウム,デカメトニウムなど)が新たに合成され,クラーレ剤の筋肉を麻痺させる作用を利用して,外科領域では筋弛緩薬として,全身麻酔の際の麻酔補助に広く用いられている。
執筆者:福田 英臣
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
南アメリカ産のフジウツギ科(APG分類:マチン科)の高木ストリキノス・トキシフェラStrychnos toxifera R.H.Schomb. ex Lindl.などから得た黒褐色の樹脂状のエキスで、アマゾン川やオリノコ川流域に住む先住民が毒矢の先に塗る毒物である。ひょうたんクラーレcalabash-curareの有毒アルカロイド(クラリンなど)を含み、毒性がもっとも強い。現在、医療用に用いられているのは、同地に産するツヅラフジ科の高木コンドデンドロン・トメントズムChondrodendron tomentosum Ruiz et Pav.などの皮部や木部から得た竹筒クラーレtube-curareの有毒アルカロイドの一種ツボクラリンで、骨格筋弛緩(しかん)剤として用いられる。作用部位は神経筋接合部で、筋を麻痺(まひ)させる。外科手術時の全身麻酔において骨格筋を弛緩させ手術を容易にさせるほか、破傷風やストリキニーネ中毒などにみられるけいれんの治療にも用いられる。毒薬に指定されている。
[幸保文治 2021年5月21日]
南米インディアンが矢毒として使用する黒褐色の毒物.
(1)フジウツギ科Strychnos属植物,
(2)ツヅラフジ科Chondodendron属植物,
(3)クスノキ科Nectandra属植物
などから得られる樹脂状抽出物である.地方により貯蔵法が違い,次の3種類があり,原植物もやや異なる.
(ⅰ)竹筒クラーレ(tube curare):ブラジル,ペルーのアマゾン川流域に産し,原植物は(2)および(3).
(ⅱ)ツボクラーレ(pot curare):主産地はベネズエラのオリノコ川上流地域.毒性は比較的弱い.原植物は(2).
(ⅲ)ヒョウタンクラーレ(calabash curare):フランス領ギアナ,ベネズエラ,コロンビアなどに産する.もっとも毒性が強く,原植物は(1).
成分はいずれもクラーレアルカロイドとよばれる複雑な水溶性の第四級アンモニウム塩基で,これが作用の本体をなしている.種類によって成分が異なり,竹筒クラーレより得られるd-ボクラリンをはじめ,クラリン,トキシフェリン,カラクリンなど多くが知られている.ヒョウタンクラーレの成分はその数が多く,インドール誘導体が二分子縮合したビスインドール型化合物を含み,変化に富んでいるので,化学的にもっとも複雑なものに属している.クラーレアルカロイドの作用部位は中枢神経ではなく,神経-筋接合部の遮断にあり,運動神経と随意筋の接合部に麻ひ作用をもつ特異なものである.ツボクラリンは,外科手術における麻酔に筋弛緩の目的で用いられる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…催眠薬とかトランキライザーなども骨格筋弛緩作用を有するが,他の中枢作用も強いので,これらは薬学上では筋弛緩薬とはいわない。(1)末梢性筋弛緩薬 南米アマゾン川流域においてインディアンが吹矢の先にエキスをぬり,獣を捕獲した毒がクラーレで,有効成分はツボクラリンである。その作用点が骨格筋における神経筋接合部にあることは,1856年にC.ベルナールによって明らかにされた。…
…神経筋接合部におけるインパルスの伝わりは種々の薬物により阻害される。有名な矢毒であるクラーレもその一つである。筋収縮【杉 晴夫】。…
…狭義にはきわめて少量でも生体に有害な,あるいは生命にかかわる作用をもつ物質をいい,一般に毒物と呼ばれている。ただし日本の法律でいう毒物とは〈毒物及び劇物取締法〉によって厚生大臣に指定された物質をいい,黄リン,四アルキル鉛,無機シアン化合物(青酸カリなど),水銀化合物,ヒ素化合物,クラーレ,ニコチンなどを含有する製剤がこれに該当する。広義には生体に有害な作用をもつ物質全般を指す。…
…C.tomentosum,C.platyphyllum,C.cardicansなど約8種が熱帯アメリカに分布。パナマ,ボリビア,ブラジル,コロンビア,ペルー,ベネズエラなどの国々では,クラーレという矢毒をこれらの種の樹皮や根から抽出する。クラーレの有効成分はクラリン,ツボクラリンなどのアルカロイドで,筋肉を麻痺させる作用があるが,適量を用いると筋肉をほぐすので,医薬用にもする。…
…20cm余りの矢はヤシの葉肋(ようろく)でつくられ,矢尻にはパンヤの木からとった綿が付けられ,竹製のえびらに納め,首に下げて運ばれる。矢毒にはストリキノス属の樹液に,つぶしたアリやコショウなどをまぜて煮つめてつくったクラーレが使われている。40m以上の射程距離を持っており,鳥,サル,イノシシ,ナマケモノなどの捕獲に使われる。…
…ストロファンツスはアフリカの原住民によって,矢毒として利用されていた。矢毒としては南半球ではクラーレ(ツヅラフジ科やフジウツギ科植物から得た毒)やクワ科のウパスも用いられ,北半球ではトリカブト根が用いられた。トリカブトは有毒成分のアコニチンが3~5mgで中枢神経を麻痺させ,呼吸困難,心臓麻痺によって人を死亡させるといわれる猛毒だが,加熱処理などによって毒力を軽減させ重要な医薬として漢方で用いられた。…
※「クラーレ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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