改訂新版 世界大百科事典 「素励起」の意味・わかりやすい解説
素励起 (それいき)
elementary excitation
相互作用している多数の粒子よりなる巨視的物体の励起状態は,ある種の粒子の集りとみなすことができるが,この粒子を素励起という。粒子といっても真空中の粒子とは異なり,相互作用の効果をとり入れたいわば仮想的な粒子であって,この意味で準粒子quasiparticleとも呼ばれる。素励起のもつ運動量qとエネルギーwの間に一定の分散関係w=w(q)があり,通常の粒子と同様,フェルミ統計,あるいはボース統計に従い量子化される。このように,素励起は,粒子系全体の集団運動を量子力学的に記述する手段として生じたものであり,近似的に粒子とみなせるが,それを形成している個々の粒子とは異なる。典型的な素励起であるフォノンphononの場合を考えると,この違いがはっきりする。固体中の原子は基底状態においては格子点を占めているが,励起状態ではその格子点のまわりの運動が考えられる。そのような運動のうちで,もっとも低いエネルギーをもつのは全原子が互いに一定の位相を保って振動する自由度で,これが格子振動であり,格子振動を量子化した素励起をフォノンと呼ぶ。このように,フォノンの原因は各原子の運動であるが,素励起としてのフォノンの運動形態は,原子個々の運動とはたいへん異なっている。
この例からもわかるように,強く相互作用し合う多数の粒子からなるきわめて複雑な系においても,その挙動は,ほとんど自由に動き回る素励起の集団のもつ性質として理解できることになる。この考え方が成立するからこそ,1023程度の多数の粒子をもつ巨視系の性質が見通しよく記述される。
フェルミ統計に従う素励起は,電子あるいは3Heのようにスピン1/2をもつ粒子系において考えられる。すなわち,相互作用をもたない理想フェルミ気体から出発して,粒子間の相互作用を徐々に強くして気体から液体の状態へ移行させたとき,気体粒子の役割は素励起にとって代わられる。これをフェルミ流体と称し,固体内電子に対する基本的な見方となっている。一方,格子振動と相互作用する1個の電子のように,電子の運動が格子振動の変形を伴っているような場合もある。この素励起はポーラロンpolaronと呼ばれる。
ボース統計に従う素励起は数多い。この中には,構成粒子自体がボース統計に従う場合とフェルミ統計に従う場合がある。前者の例としては,ボース=アインシュタイン凝縮が起こっている状況下での液体4He中のフォノンとロトンrotonがある。フォノンは第1音波とも呼ばれ,密度の変化に関係している。また,ロトンは粒子間の間隔程度の波長で見られる励起スペクトルの極小付近に対応した素励起で,流体中で1個の粒子を運動させたとき,それに伴って生ずる周囲の逆流をも含めた運動形態と考えられる。構成粒子がフェルミ統計に従う場合は,2個のフェルミ粒子が関与している。例としては,荷電粒子系での電荷の密度の変化に伴うプラズモンplasmon,3Heのように電荷をもたない系での密度変化によるゼロ音波,半導体中などで見られる電子と正孔の束縛状態としての励起子などがある。なお,励起子の場合,その密度を高くした状況,すなわち,高密度励起子の系は,近似的にボース粒子の集団とみなせる。
上で述べた,2個のフェルミ粒子に伴うボース的な素励起には,フェルミ流体論で記述される粒子が個別に励起される(個別励起)場合と,そのような2個の粒子の集りが,相互に一定の関係を保ちつつ集団として励起される(集団励起)場合があり,プラズモンは後者の例である。集団励起の例として,プラズモンのように電荷の密度ではなく,スピンの密度の変化を記述するものとしてマグノンmagnonがある。このマグノンは基底状態が強磁性,あるいは反強磁性のように磁気的性質をもっているときに,金属,絶縁体を問わず存在する。マグノンの場合のように,基底状態が系のもつ対称性を破っている状況では,この事実を反映した独特のボース粒子的素励起が必ず出現する。これをゴールドストン・ボソンと称する。
今まで例として述べた素励起では,異なる運動量をもつ状態の間の相互作用は弱いが,場合によっては,その相互作用が強く,それに起因する非線形性を通して空間に局在した例も可能である。このような素励起はソリトンsolitonと呼ばれる。
執筆者:福山 秀敏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報