原子や原子核などを構成する粒子や場のシステム(系)、すなわち量子力学系のエネルギーはさまざまな値をとるが、このうちエネルギー値のいちばん低い状態をその力学系の基底状態という。基底状態より高いエネルギーの状態は励起状態という。
原子、分子、原子核、素粒子などの力学系は量子力学に従っており、そのエネルギー値には下限がある。これに対してマクロの運動(古典力学的運動)をしている力学系の多くは、どのような低いエネルギー値をもとることができる。振り子の振動ではエネルギー最小の状態すなわち静止の状態があるが、運動状態としてあまり意味をもっていない。このため、量子力学に従って運動する力学系の場合のエネルギー最低の状態を、基底状態とよぶのが普通である。エネルギーが最低の状態が複数個あって、これらの状態が他の物理量、たとえば角運動量の値を異にすることがある。この場合力学系は複数の基底状態を有している。
基底状態は状態として安定である。たとえば、中性子と陽子で構成されている原子核重陽子の基底状態は、これらの2個の核子が離れて存在するときよりも約2200万電子ボルト低いエネルギーをもち、角運動量の向きが異なる三つの状態がある。これに対し、電子のかわりにμ(ミュー)中間子の入った原子は、これらの中間子が崩壊吸収されるまでの間、類似原子として存在する。したがって、この場合基底状態が安定に存在する時間は有限である。
[田中 一]
主として量子力学的な系について全エネルギー(運動エネルギー+位置エネルギー)が最低の状態をいう。古典力学的には,ポテンシャルが有限の深さである場合のほか基底状態は存在しない。例えば水素原子では,陽子のまわりに円軌道を描いて公転する電子の位置エネルギーは軌道半径を0に近づければ-∞にいき,電子の全エネルギーも-∞にいく。すなわち基底状態は存在しない。そして,公転する電子は古典電磁気学によれば電磁放射を出してエネルギーを失い続けるので,水素原子はやがて(10⁻11秒ほど)つぶれてしまうことになる。量子力学では,電子の運動する領域が縮むと(ある種の)不確定性原理により運動エネルギーが急激に増すため,原子がある定まった大きさのとき全エネルギーが最低になる(図)。水素原子はこの状態ではもはや電磁放射を出さず安定に存在する。これが基底状態である。たくさん(N個)の電子と(任意の個数の)原子核からなる系では,電子がフェルミ粒子でパウリの原理に従うことから,基底状態が存在し,そのエネルギーは一般に-(定数)×Nより大きいことが証明される。
執筆者:江沢 洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
量子力学系の定常状態のなかでもっとも低いエネルギーの状態をいう.分子において,電子状態,振動状態,あるいは回転状態のどれか一つだけに注目している場合には,ある電子励起状態での振動基底状態というようにいい表すこともある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…定常状態を単にエネルギー準位という場合もある。最低のエネルギー準位に対応する状態を基底状態,それより高いエネルギーの状態を励起状態という。励起状態はある平均寿命で下の状態に遷移するので,準位は不確定性原理による幅をもつ。…
…
[量子力学による水素原子の理論]
水素原子の定常状態の波動関数とそのエネルギーとは,量子力学によって正確に求まり,このようにして定まる水素原子のエネルギー準位は,ボーアの原子模型で求められたエネルギー準位と正確に一致する。水素原子の基底状態(もっともエネルギーの低い定常状態)は後に述べる理由で1s状態と呼ばれ,その波動関数は,時刻tに依存する因子exp{-iEt/ħ}を除いて,と表される。ただし,は原点(陽子の位置)からの距離を表す。…
…ここでψは固有状態に対応する波動関数,Eはエネルギー固有値である。多くの場合エネルギー固有値には最小のものがあり,これに対する固有状態は系の基底状態と呼ばれる。基底状態のエネルギー固有値は系のあらゆる可能な波動関数ψによって得られるハミルトン作用素の期待値のうち最小となる値であり,またその最小値を与えるψが基底状態の波動関数となる。…
※「基底状態」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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