朝日日本歴史人物事典 「細川持之」の解説
細川持之
生年:応永7(1400)
室町時代の武将,室町幕府管領。九郎。右京大夫。満元の子。永享1(1429)年7月,兄持元の早世により家督を継ぎ,摂津,丹波,讃岐,土佐の守護となる。同4年10月管領となるが,将軍足利義教が専制政治に傾くなかで保身のため追従をこととし,辛うじて義教による弾圧を免れた。嘉吉の変勃発に際しては無抵抗のまま赤松邸から醜く這って逃げ帰り,赤松満祐との通謀を疑われる始末だったが,その後義教に弾圧された人々を赦免し,満祐追討軍を発向させた。晩年は畠山持国の台頭もあって人望を失い,嘉吉2(1442)年6月病のため管領を辞した。
(森田恭二)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報